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<2008年6月16日>

カッコウが歌っている。

ウグイスも歌っている。

犬たちは運動も食事も終わり、

黄昏の中で静かにその歌を聴いている。

私は木の根元に坐り、彼らと一緒に鳥たちの歌を聴く。


鳥たちはいつも来てくれる。

夜にはフクロウも来てくれる。

フクロウの声も、バリトンで美しい。

なぜ鳥たちが来てくれるのかは分からない。

エサを求めて来る訳ではないようだ。

みんな、いつのまにか来て、いつのまにか去っている。

我々に歌を聴かせてくれるために来てくれる・・そう感じる。

ありがたいことだ。感謝の気持ちで一杯になる。


以前の記事にも書いたが、

夜の森を歩いていると、小鳥の声がついて来る。

頭上をずっとついて来る。

夜に飛ぶ小鳥はいないはずなのだが・・・・・

この森は、何かとても不思議な感じがする・・・・・


いろんな動物が訪ねてくる。

熊やカモシカやキツネの話はしたが、

時には大きなヘビも来る。

6尺近くの青大将が何度か来た。

おそらく180cmくらいはあるように感じた。

10年ほど前に来た時は、生後3ヶ月の子犬たちのサークルに入っていった。

ゆっくり、ゆっくりと、入っていった。

私は少し離れた場所で、その光景を見ていた。

心配になったが、だが何故か大丈夫な気がした。

子犬たちは、静かに、ジッと見つめていた。

大ヘビは子犬たちのすぐ脇を通り、そしてゆっくりとターンして戻っていった。

時間が止まったような不思議な感覚だった。

子犬たちは、いささかも怖れてはいなかった。

そしてそこには厳粛な雰囲気が漂っていた。

遊び盛りで好奇心に満ちている子犬たちなのに、静かに座って見つめていた。

緊張で固まっていた訳ではない。自然体で見つめていたのだ。

私は何かの啓示のような気配を感じた。

大ヘビは、その後も何度か現われた。

いつも或る種の厳粛な感覚に包まれた・・・・・

我が家には猟本能の強い犬たちも多かった。

だが彼らは、いつも猟本能を発動させる訳ではない。

静かに厳粛に、ただ見つめている時があるのだ・・・・・


家の屋根裏にフクロウが住んでいたこともある。

天井を歩き回る足音が、とても可愛かった。

家から飛び立つ瞬間を見たことがあるが、実に美しかった。

野性の美は、やはりなんとも形容し難いほどに独特だ。

灰茶色の色合いが、独特の凄味を放っていた・・・・・

部屋の中には「野ネズミ」が遊びに来た。

寝ていると、枕元まで遊びに来る。

その当時、「ルウ」という犬が家の中で暮らしていたが、

ルウと野ネズミは友だちだったようだ。

ルウは、天使のようなやさしさを持った子だった。

生後2ヶ月の頃に保護して家族に迎えたのだが、本当に天使のようだった。

私が仕事から帰宅すると、誰かが訪問したような気配がある。

誰かが机の上で遊んでいたような気配もある。

食糧が荒らされていた訳ではない。

そういうことは一切無かった。

野ネズミが来て、ルウと遊んでいた・・・それを感じた。

私が留守の間、ルウと遊んでくれていたのだと、確信した。

夜、ルウは私の隣で横になる。

そして野ネズミが枕元にウロウロしている。

ルウがやさしい眼差しで野ネズミを見つめていた・・・・・


我が家族には、ヘビや野ネズミをハンティングする犬たちもいた。

だが、ハンティングの対象とだけ見る訳ではない。それだけではないのだ。

猟本能とは別の心境もまた、確かに存在しているのだ。

長年犬たちを見ていればそれが分かる。

摩訶不思議なアニマリア・ワールドが、確かにある。

森に夜の闇が迫る頃、犬たちと共に静かに坐っていると、何かが胸に迫る・・・・・


この森の夏はほんの一瞬で過ぎ去る。

いや、平地の気温で考えれば、夏など無いと言っていい。

だが、「蚊」はいる。大きな山蚊だ。

刺されると、痒いよりも痛いという感じだ。

夏に犬たちの世話をしていると、顔中が刺されてボコボコになる。

かなり辛いが我慢する。我慢大会だ。

そして世話が終わってから、頭から何度も水を浴びる。

それで治る。顔を水で洗って冷やせば、それだけで治る。

薬を使わずとも、水が治してくれるのだ。

この森は標高1300mだから、「フィラリア」を媒介する蚊はいない。

標高1000m以下だと危ないようだが、1300mならその種類の蚊は来ない。

冬の寒気は強烈だが、その代わりに、フィラリアの心配が無いのだ。

それでも、ここの山蚊には参る。

だが、この蚊を食す生物が存在する。

その生物は、この蚊がいないと困るのだ。

そしてその生物を、誰かが食す。そうやって連鎖する。

だから蚊は、重大な存在なのだ。

「蚊なんか、いなくなってしまえ!!」と誰もが願うだろうが、

いなくなったら、大変に困ることになるのだ・・・・・

ほんの一時期だけ我慢すればいいのだ。それで済むことなのだ。

いろんな「ハチ」もやって来る。

名前は詳しく知らないが、スズメバチではないが、群れになって滞在する。

私は蜂の群れは殆ど気にしない。

顔に接近すれば、やさしく流れるように腕で押し払う。

腕で風を送り、その風の圧力で蜂に伝達する。

「あんまり近くに来ないでね!!」と伝達する。

そうすると蜂は遠くに去る。

巨大な「熊ん蜂」も来る。実に巨大だ。

赤茶色の、ヒグマ色の「熊ん蜂」を見たときには驚いた。

何かもう、「虫」という感じではなかった。感服した。

だがこの「熊ん蜂」も、何もしない。

こちらが敵意を見せなければ、何もせずに去って行く・・・・・

「虫」を嫌う人が多い。異常に嫌う人が多い。

虫が何もしなくても、そこ虫がいるだけで殺そうとする人が多い。

何故そんなに虫の存在が許せないのだろう??

過剰な衛生観念なのか??目障りなのか??

殺虫スプレーもガンガン使う・・・大丈夫なのか??

そんなに薬剤を振り撒いて・・・・・・


虫だけではない。

野生獣が人里に降りてきただけで、人々は目のカタキにする。

確かに人間にとっては迷惑な場合も多いだろう。

だが、人間が彼らの棲家を奪って来たことは事実だ。

それを忘れてはならないと思う。

「人間だけの地球じゃないよ!!」と言うならば、その言葉通りの行動をすべきだと思う。

安易な手段を選ばずに、真剣に新たな手段を模索して欲しい。

動物たちを苦しませない手段を模索して欲しい。

人間が知能を誇るなら、科学を誇るなら、手段の進歩を実現して欲しい。

「森のともだち」からの願いを、どうか聴いてもらいたい・・・・・・


ブッダは他界の時に、こう語ったらしい。

「この世と別れることは、しかたのないことだ。

人々と別れることは、しかたのないことだ。

だがこの美しい大自然との別れは、とても寂しい・・・・・」

おそらく成道後のブッダが唯一口にした「私情」であるように感じる。

私はこの言葉に大きな意味を感じた。

ブッダは、大自然の偉大な調和の凄さを、この言葉に秘めたのかも知れない・・・・・

<そしてその美しい大自然を支えてきたのは、そこに棲む全ての命たちだ・・・>

**** WOLFTEMPLE ****