

カッコウが歌っている。
ウグイスも歌っている。
犬たちは運動も食事も終わり、
黄昏の中で静かにその歌を聴いている。
私は木の根元に坐り、彼らと一緒に鳥たちの歌を聴く。
鳥たちはいつも来てくれる。
夜にはフクロウも来てくれる。
フクロウの声も、バリトンで美しい。
なぜ鳥たちが来てくれるのかは分からない。
エサを求めて来る訳ではないようだ。
みんな、いつのまにか来て、いつのまにか去っている。
我々に歌を聴かせてくれるために来てくれる・・そう感じる。
ありがたいことだ。感謝の気持ちで一杯になる。
以前の記事にも書いたが、
夜の森を歩いていると、小鳥の声がついて来る。
頭上をずっとついて来る。
夜に飛ぶ小鳥はいないはずなのだが・・・・・
この森は、何かとても不思議な感じがする・・・・・
いろんな動物が訪ねてくる。
熊やカモシカやキツネの話はしたが、
時には大きなヘビも来る。
6尺近くの青大将が何度か来た。
おそらく180cmくらいはあるように感じた。
10年ほど前に来た時は、生後3ヶ月の子犬たちのサークルに入っていった。
ゆっくり、ゆっくりと、入っていった。
私は少し離れた場所で、その光景を見ていた。
心配になったが、だが何故か大丈夫な気がした。
子犬たちは、静かに、ジッと見つめていた。
大ヘビは子犬たちのすぐ脇を通り、そしてゆっくりとターンして戻っていった。
時間が止まったような不思議な感覚だった。
子犬たちは、いささかも怖れてはいなかった。
そしてそこには厳粛な雰囲気が漂っていた。
遊び盛りで好奇心に満ちている子犬たちなのに、静かに座って見つめていた。
緊張で固まっていた訳ではない。自然体で見つめていたのだ。
私は何かの啓示のような気配を感じた。
大ヘビは、その後も何度か現われた。
いつも或る種の厳粛な感覚に包まれた・・・・・
我が家には猟本能の強い犬たちも多かった。
だが彼らは、いつも猟本能を発動させる訳ではない。
静かに厳粛に、ただ見つめている時があるのだ・・・・・
家の屋根裏にフクロウが住んでいたこともある。
天井を歩き回る足音が、とても可愛かった。
家から飛び立つ瞬間を見たことがあるが、実に美しかった。
野性の美は、やはりなんとも形容し難いほどに独特だ。
灰茶色の色合いが、独特の凄味を放っていた・・・・・
部屋の中には「野ネズミ」が遊びに来た。
寝ていると、枕元まで遊びに来る。
その当時、「ルウ」という犬が家の中で暮らしていたが、
ルウと野ネズミは友だちだったようだ。
ルウは、天使のようなやさしさを持った子だった。
生後2ヶ月の頃に保護して家族に迎えたのだが、本当に天使のようだった。
私が仕事から帰宅すると、誰かが訪問したような気配がある。
誰かが机の上で遊んでいたような気配もある。
食糧が荒らされていた訳ではない。
そういうことは一切無かった。
野ネズミが来て、ルウと遊んでいた・・・それを感じた。
私が留守の間、ルウと遊んでくれていたのだと、確信した。
夜、ルウは私の隣で横になる。
そして野ネズミが枕元にウロウロしている。
ルウがやさしい眼差しで野ネズミを見つめていた・・・・・
我が家族には、ヘビや野ネズミをハンティングする犬たちもいた。
だが、ハンティングの対象とだけ見る訳ではない。それだけではないのだ。
猟本能とは別の心境もまた、確かに存在しているのだ。
長年犬たちを見ていればそれが分かる。
摩訶不思議なアニマリア・ワールドが、確かにある。
森に夜の闇が迫る頃、犬たちと共に静かに坐っていると、何かが胸に迫る・・・・・
この森の夏はほんの一瞬で過ぎ去る。
いや、平地の気温で考えれば、夏など無いと言っていい。
だが、「蚊」はいる。大きな山蚊だ。
刺されると、痒いよりも痛いという感じだ。
夏に犬たちの世話をしていると、顔中が刺されてボコボコになる。
かなり辛いが我慢する。我慢大会だ。
そして世話が終わってから、頭から何度も水を浴びる。
それで治る。顔を水で洗って冷やせば、それだけで治る。
薬を使わずとも、水が治してくれるのだ。
この森は標高1300mだから、「フィラリア」を媒介する蚊はいない。
標高1000m以下だと危ないようだが、1300mならその種類の蚊は来ない。
冬の寒気は強烈だが、その代わりに、フィラリアの心配が無いのだ。
それでも、ここの山蚊には参る。
だが、この蚊を食す生物が存在する。
その生物は、この蚊がいないと困るのだ。
そしてその生物を、誰かが食す。そうやって連鎖する。
だから蚊は、重大な存在なのだ。
「蚊なんか、いなくなってしまえ!!」と誰もが願うだろうが、
いなくなったら、大変に困ることになるのだ・・・・・
ほんの一時期だけ我慢すればいいのだ。それで済むことなのだ。
いろんな「ハチ」もやって来る。
名前は詳しく知らないが、スズメバチではないが、群れになって滞在する。
私は蜂の群れは殆ど気にしない。
顔に接近すれば、やさしく流れるように腕で押し払う。
腕で風を送り、その風の圧力で蜂に伝達する。
「あんまり近くに来ないでね!!」と伝達する。
そうすると蜂は遠くに去る。
巨大な「熊ん蜂」も来る。実に巨大だ。
赤茶色の、ヒグマ色の「熊ん蜂」を見たときには驚いた。
何かもう、「虫」という感じではなかった。感服した。
だがこの「熊ん蜂」も、何もしない。
こちらが敵意を見せなければ、何もせずに去って行く・・・・・
「虫」を嫌う人が多い。異常に嫌う人が多い。
虫が何もしなくても、そこ虫がいるだけで殺そうとする人が多い。
何故そんなに虫の存在が許せないのだろう??
過剰な衛生観念なのか??目障りなのか??
殺虫スプレーもガンガン使う・・・大丈夫なのか??
そんなに薬剤を振り撒いて・・・・・・
虫だけではない。
野生獣が人里に降りてきただけで、人々は目のカタキにする。
確かに人間にとっては迷惑な場合も多いだろう。
だが、人間が彼らの棲家を奪って来たことは事実だ。
それを忘れてはならないと思う。
「人間だけの地球じゃないよ!!」と言うならば、その言葉通りの行動をすべきだと思う。
安易な手段を選ばずに、真剣に新たな手段を模索して欲しい。
動物たちを苦しませない手段を模索して欲しい。
人間が知能を誇るなら、科学を誇るなら、手段の進歩を実現して欲しい。
「森のともだち」からの願いを、どうか聴いてもらいたい・・・・・・
ブッダは他界の時に、こう語ったらしい。
「この世と別れることは、しかたのないことだ。
人々と別れることは、しかたのないことだ。
だがこの美しい大自然との別れは、とても寂しい・・・・・」
おそらく成道後のブッダが唯一口にした「私情」であるように感じる。
私はこの言葉に大きな意味を感じた。
ブッダは、大自然の偉大な調和の凄さを、この言葉に秘めたのかも知れない・・・・・
<そしてその美しい大自然を支えてきたのは、そこに棲む全ての命たちだ・・・>
**** WOLFTEMPLE ****