





大自然では「必然の姿」が求められる。
種として最大限に能力を発揮できる姿が求められる。
長久の練磨の果ての「あるべき姿」だ。
その姿には、祖先たちの壮絶な苦闘の歴史が刻まれている。
その姿に至るには、言語を絶した練磨の歴史が存在したのだ。
その必然の姿を、私は美しいと感じる。
だが、その私の嗜好は、「変わっているね!!」と昔から言われてきた。
どうも、人々の審美眼と私のそれが違っているようだった。
「犬種創出ブリーダー」は、必然の美など無視する。
どこまでも自分の好みで姿を作っていく。
そして人間の嗜好で無謀な要求を強要する。
「伴侶動物」に於いては、多少は人間の要求は加味されて当然だが、
だがその要求の度合いが「度を越してる!」のだ。
そこには「ほどほど」という観念が無いのだ。
「ほどほど」は実に重大だ。
度を越せば、さまざまな部分に支障が発生してくるのだ。
身体の「一部分」に固執してブリーディングしていけば、
必ず身体全体に大きな支障が起こってくる。
現実に殆どの犬種が、身体内部に支障を隠している。
例えば「毛色」に固執する。「大きさ」に固執する。「部分の形」に固執する。
執拗に、度を越した固執で「選択繁殖」していく。
だから「貴重な遺伝形質」をどんどん捨てていく。
その種にとって本来重大な遺伝形質を、どんどん削っていく。
例えば「白」が人気なら、白い個体ばかりを残していく。
「ブラック・タン」が人気なら、その個体ばかりを残していく。
たまに「アウト・ブリード」を行なうとしても、
そんな程度では追いつかないほどに、失うものが莫大なのだ。
ブリーディングの根本思想は結局「御都合主義・嗜好主義」なのだ。
日常の生活に於いてさえ不都合を生じる犬種も多い。
毎日が不調で苦しい犬種も多い。
犬は極めて忍耐強いのでその不調を訴えずに明るく振舞うが、
もし人間がその状態なら、苦しみに呻いて暗い一生で終えるだろう。
例えば紀州犬は白が殆どだが、昔は「胡麻毛」も普通に存在した。
例えばジャーマンシェパードはブラック・タンが殆どだが、昔は「狼灰色」も普通に存在した。
さまざまな犬種が、「選択繁殖」の名の元に、冷酷非情に淘汰されてきたのだ。
ひとつの犬種が固定されるまで、おそらく何十万何百万の犬たちが処分されただろう。
そして貴重な遺伝形質が葬られてきたのだ。なんの疑問もなく。
人間の浅薄な思考で「種を創造する」などという勘違いを、改めてもらいたい。
人間の妄執で命を弄ぶ行為を改めてもらいたい。
※「クローン動物」の発想も同様に、身勝手極まる妄執だ。
◆写真は「北極エスキモー犬」と「オオカミ」です。
「no.1・2・3・4」がエスキモー犬です。
エスキモー犬は原始犬「イノストランツェビイ」の直系の子孫と思われます。
その根幹の血液に極地オオカミの血が混入し、そして独特種に深化したようです。
その特徴は、現代のアラスカン・マラミュートやシベリアン・ハスキーとは大きく異なります。
口吻や全身を見れば、伴侶犬種との違いが分かると思います。
◆「no.5」は太郎ですが、写真だと分かりにくいですが、
巨大な歯牙を「合理の配列」で納めるために口吻は実に太く長く、骨格は厚く頑丈です。
◆「no.6」のオオカミは剥製ですが、最大種のようです。
最大種の肩高は「雄のグレートデン」レベルであり、体長はデンよりも大きいです。
写真でも「牙の巨大さ」が分かると思います。足も凄いです。全身が凄いです。
※このオオカミは「大物狙い」の非情なレジャー・ハンターが、
おそらく上空から延々と追い詰めた果てに殺したように感じます。
この大自然の美しき申し子を、「レジャー」で殺したのです。 冥福を祈ります。
■書庫に関連記事が一杯あります。下記も御覧ください。
「no.12:北極ソリ犬」「no.13:チベタンマスチフ」「no.79:クローンの悲劇」
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