<2008年3月5日>

随分と、陽が長くなった。

それがとても助かる。

寒気はまだまだ厳しいが、陽が長ければ心に余裕が生まれる。

ここは山なので、とても陽が短かかったのだ。

いつも暗闇の中で犬たちの世話をしていた。

月夜の晩は雪で明るいが、そうでない日は作業が大変だ。

だから陽の長さにはとても敏感になる。

陽の長さが毎日変わっていることを、ありありと感じる。


以前、半年間、電気の無い生活を送った。

電気代が払えなかったのだ。

春から秋にかけてだったから助かったが、その時は暗闇生活に慣れてしまった。

夜はロウソクで過ごしたが、ロウソクも尽きた時には闇の中で過ごした。

だんだん、目が慣れてくる。 かなり見えるようになる。

その頃も原稿を書いていたが、闇の中で書いた。

紙と鉛筆で、闇の中で書いた。

翌朝見てみると、充分に読めた。

朝は、大変に貴重だった。

太陽の明かりが貴重だから、いつも日の出の前から目が覚めた。

陽の光が、とてもうれしかった。

その貴重な時間に、やれることは全部やる。

出勤までの時間を、決して無駄には出来ないのだ。

陽の在る時間の意味がよく分かる。

そしてまた夜の意味もよく分かる。

昼があって夜がある。夜があって昼がある。

双方ともに、それぞれに貴重なのだ。

昼を味わい、そして夜を味わう。

夜の本当の醍醐味は、暗闇だ。

暗闇だからこそ、夜なのだ。

最近は至る所が電飾風景なので、夜の醍醐味が薄れるように感じる。

都会の電飾は確かにロマンティックな風情があるが、

山間部にまで及べば、それは違和感となる。

そして山の命たちに迷惑だ。

植物たちも動物たちも、明かりには敏感なのだ。

深夜の電飾は、おそらく彼らのストレスになっているはずだ。

夜に働かなければならない時がある。

明かりが必要な時がある。

だが、夜の闇の醍醐味を忘れたら、自然を見失うことになる。

そしてまた夜の醍醐味を知れば、昼の有難味もよく分かる。


日の出の前、黎明の頃、世界が変わる。

野性たちは大抵その頃に活動態勢に入る。

森でテント無しで寝ていると、それがよく分かる。

本来、犬たちもそうだ。

犬たちはただ主人に合わせた生活をしているだけなのだ。

森に「気」が溢れている。

犬たちの身体にも「気」が横溢している。

新しい世界の始まりなのだ。

毎日、こうして新しい世界が始まるのだ。

**** WOLFTEMPLE ****