



16歳の「ハン」が、森の冬を乗り越えた。
大型犬の16歳は超高齢だ。
彼の不屈のスピリットに感服する。
もう昨夏から老衰が激しくなったのだが、気力で頑張っている。
昨夏に2度、倒れた。
私が森に帰ると、犬舎の囲いの中でピクリともせずに倒れていた。
私は静かに深呼吸して、気持ちを落ち着けた。
ハン、とうとう死んでしまったのか!!と思った。
私は10mほど手前で立ち尽くしていた。
動かない。 ピクリとも動かずに横たわっている。
覚悟を決めて犬舎に近づくと、ほんの僅かに前足が動いた。
その時の安堵は例えようが無い!!
その時の喜びは例えようが無い!!
私は駆け寄り、すぐに様子を診た。
全身を隈なくマッサージした。
そして抱え上げ、彼の身体をほぐした。
意識がしっかりとしてきた。
彼を抱きながら水を飲ませ、寝小屋に寝かせた。
ハンの犬舎は広い。 自由に歩けるようになっている。
家の中に入れるよりも、彼にはここの方が快適だ。
彼はこの犬舎が気に入っているのだ。
3日間、私はこの犬舎で寝た。 夏だから何の問題も無い。
4日目あたりから、立てるようになった。
だが自力では身体を支えていられないから、排便が困る。
私は彼を高く抱え上げ、お腹と尻をマッサージし、排便を促した。
見事にコロコロと排便した。 日に何度か、この「抱え上げ排便」をやるのだ。
一週間目あたりから、何とか歩けるようになった。
しかし何しろ超高齢だから、もう普通には歩けない。
夏の終りに、もう一度倒れた。 その時も、こうして看護した。
もはや、どこが悪いという問題ではない。
老衰なのだ。 自然の摂理に従うのだ。
ハンは何とか回復し、秋を過ごし、零下20度の冬を乗り切った。
凄い!! 凄いぞ、ハン!! 私は心から敬意を表した。
外から帰り、森に入る時、私は緊迫感に包まれる。
気持ちを整え、意を決して森に入る。
「元気で居てくれ!!」と祈りながら森の小道を進むのだ。
車が犬舎に近づくと、ハンはよろめきながらも、出迎えてくれる。
わざわざ寝小屋から出て来てくれるのだ。
今日も、生き延びた。 今日も、乗り越えた!!
まるでハンの姿は、私の姿、我が家の姿そのものだった。
1%の可能性に賭けて生きている我々の姿そのものだった。
犬舎に入り、ハンを抱える。
老衰で筋肉は殆ど落ちてしまった。
冬に入り、ますます痩せてしまった。
食欲は非常に旺盛だが、大量には与えられない。
胃腸も老化しているから、一度に沢山は与えられないのだ。
だから内容を吟味して、効率の良い食事に変えてある。
それに、もし太らせてしまったら、ますます身体を支えられなくなるのだ。
痩せていても、今は仕方の無いことなのだ。
老衰のとき、私は獣医などには頼らない。
若さが蘇る手段など、どこにも無いのだ。
あるとすれば、それはまがい物だ。
仮の姿を繕う「化粧」のようなものだ。
そんなものに、意味は無い。
そんなものに、意義は見出せない。
(※女性の化粧のことではありません。それとは意味が違います。)
ハンは、それでもまだ30kg近くはある。
彼は骨量があるから重いのだ。
彼の若い頃、筋肉の塊りだった。
異常なほどに非凡な運動能力の持ち主だった。
「目の錯覚か!!」と思うほどの動きを見せてくれた。
遠い日の想い出だ。 すべては移りゆく。
この私自身も年を重ねたのだ。 この私も往年の力を失っているのだ。
だが、そんなことは意識しない。
今は、今を生きるだけだ。
我々は今の力の全てを賭けて、今を乗り越えて生きていく。
ハンを高く抱え上げ、お腹と尻をマッサージする。
ハンは大喜びで尻尾を振っている。
この私の気持ちが、彼にはうれしいのだ。
この私の気持ちに、応えてくれているのだ。
ハンは、ベタベタと私に甘えたりはしない。
若い頃からそうだった。
だが、私への愛は尋常ではない。
いつだって、命懸けで私を守る覚悟を持っている。
私とハンは、沈黙の中でも通じ合っているのだ。
ハンは「攀」と書く。 「登攀」のハンだ。
全身全霊で「攀じ登る」のだ。
15年前に彼を保護した時に、直感の印象で名付けたのだ。
彼は、その名の通りの犬だ。 その名の通りに生きてきた。
あり余るエネルギーの往年のハンには、随分と苦労させられた。
だがこうして、彼は私に教えてくれている。
本物のスピリットを見せてくれている。
不屈の闘志を体現してくれているのだ!!
※「01」もお読みください。
※上の絵は「ハンとオーラン」です。左がハンです。
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