<2008年3月1日>

最後の息が、ある。

命が、この世と別れを告げるとき、

最後の息に、すべてが込められる。


最後の息の瞬間、命のすべてが昇華する。

その子の命の至高の美が、その瞬間に昇華する。

その一瞬に、その子の美しさのすべてが立ち昇るのだ。

その一瞬、その子の顔が変わる。

この世のものとは思えぬほどの美しい顔となる。

世に言う「成仏」というニュアンスとは違う。

その子に秘められた美しさが、一瞬のなかに顕現するのだ。


私はその最後の息を、看取ってきた。

この世との別れの姿を、看取ってきた。

その子が、どんな想いで生きてきたのかが、分かる。

その子が、どれほど全霊で生きてきたのかが、分かる。

だから、その顔の美しさの意味が分かる。

だから、その美しさがこの胸を激しく貫く。


理屈なんか何の意味も持たない。

命の尊厳の議論なんか、何の意味も持たない。

命の哲学論なんか、何の意味も持たない。

命の宗教論なんか、何の意味も持たない。

その子の「最後の息」を目にすれば。

その子の途方も無い美しさを目にすれば。

その尊さに、議論など、論義など、そんなものが介入する余地の無いことを知るはずだ。


衰弱した子猫に出逢って保護した時、

獣医は手を尽くしてくれたが、命の終りが迫っていた。

家に連れ帰り、ずっと、抱いていた。

夜、いよいよ、その時が近づいた。

子猫は、最後の息ののち、この世を去った。

最期に、私の顔を、見つめてくれた。

美しい美しい微笑で、別れを告げてくれた。

その子のことは、今も忘れない。

なんで忘れることなどできようか。


20年前、車で見知らぬ町を走っていた時、2台先の車が、飛び出してきた犬を轢いた。

私はバックミラーで後続車を確認しながら、すぐに車を止めた。

柴犬くらいの大きさの茶色の雑種の犬だった。 まだ半分子供に見えた。

口から血を吐き、目を閉じている。 だが、まだ息があった。

私は抱きかかえ、車に乗せた。 一刻の猶予も無いのだ。

だがその子は、まもなく、息を引き取った。

最期の息の瞬間が、分かった。

運転中でも、はっきりとそれが分かった。

運命の瞬間なのだ。 なんで分からぬはずがあろうか・・・

車を止め、その子を抱いた。

そっと唇を開けてみると、まだ乳歯だった。

天真爛漫の、可愛い可愛い子犬だったのだ。

首輪を付けていたが、飼主を探す手立てが無かった。

もはやそんなことよりも、この子を静かで美しい山に埋葬することが重大事だった。

本当は私は急いでいた。 重要な仕事の約束があったのだ。

だが、命の重大事は、何よりも先決する。

厳かに、埋葬するのだ。 この手で、埋葬するのだ。

スコップと花を買い、山を探し求めた。

静かで美しい森があった。 人の入りそうもない森だ。

しばらくの時間、その子を抱き締めた。

あの悲しみの顔が、おだやかな微笑みに変わっていた。

その顔を、この胸に刻んだ。

埋葬し、花を植え、祈った。

何かが、立ち昇った。 はっきりと感じた。

私の前に、何かがいる。

手を合わせ、一心に祈った。

その子の姿は、今も鮮明に憶えている。

今も、線香の紫薫のなかで、一心に祈っている。


多くの命の最期の息を看取ってきた。

そのとき私は、命の実像を知った。

命の真の姿を、この目で見たのだ。


◆華厳香讃偈◆

戒香定香解脱香

禅境に入り、香を焚く。

光明雲台遍法界

黄金色の空に、紫雲が立ち昇る。

供養十方無量仏

無辺の空に無限に輝く仏たちに、祈りを捧げる。

見聞普薫證寂滅

今、この紫薫のなかで、

時間と空間の概念を超えた静寂のなかで、

偉大な愛を知る。

南無華厳大悲界 南無華厳菩薩道

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