<2008年1月15日>

小学一年の時から、毎日ブルドッグの散歩をした。

それでよく学校に遅刻した。

先生には叱られたが、犬の散歩で遅れたとは言えなかった。

「ブル」と呼んでいた。今でも彼の姿を想い出す。

その後、ブルドッグの悲しい歴史を知った。

大昔のブルドッグは、今で言う「ピットブル」のような姿だった。

口吻も頑丈に長く、歯の咬合は正常咬合だったはずだ。

異常に短足の、異常に短吻の今のブルドッグの姿形は、

人間の異常に身勝手な嗜好によって作られた。

それは選択繁殖とか計画繁殖とかの、単なるブリーディングではない。

残酷極まる方法で、その形に押し込めたのだ。

「屋根裏部屋」に閉じ込めたという。

「犬が四肢で立つことも出来ないほどに天井の低い部屋」に一生閉じ込めたという。

そうやって何代も何代もかけて短く曲がった肢の犬を作ったという。

想像できないほどの苦しみの生涯だった。

その時間の全てが、誰にも耐えられない時間だ。

おそらくその短吻も、言語を絶した方法で作っていったに違いない。

そうでなければ、あれほどに短い口吻は不可能だ。

ブルドッグは日常に於いてさえ、呼吸に支障がある。

つまり、いつも苦しいのだ。

彼らは忍耐強いから弱音を吐かないだけなのだ。

そして彼らは暑さに異常に弱い。

口吻が極端に短いから耐暑能力が欠乏しているのだ。

だから彼らは激しく呼吸する。見るに耐えないほどだ。

彼らは呼吸しづらい身体で激しく呼吸しているのだ。

彼らにとって日本の夏の暑さは致命的であり、実際に死亡するケースも多いのだ。

だが彼らは寒気にも弱い。

彼らにとって寒気は辛く、見る見る痩せていく。

偉大な忍耐力と筋力を誇るブルドッグなのだが、

彼らの肉体はさまざまなハンデを背負っているのである。

頭部と肩は異常に大きいのに腰が小さいから、出産は基本的に帝王切開だ。

自力での出産が構造的に不可能に近いのだ。

現代のような設備や専門知識が無い時代には、途方も無く残酷な出産光景だっただろう。

母犬は麻酔も無しで腹を切り開かれ、そして死んだ場合も多かっただろう。

そしてブルドッグは正常に咬めない。

それは犬にとっては極めて不便だ。日常に於いても不便だ。

余談だが、ブルドッグが闘犬だと思い込んでいる人もいるが、それは誤解だ。

ブルドッグは、闘いの可能な口吻と牙を失っているのである。

もはや闘うことの出来ない身体なのだ。

(※闘いの是否を問う次元の話ではなく、本来的な犬としての潜在力の意味の話です。)

無類の勇気を持つブルドッグが、哀しいほどに不本意な身体構造を持っているのだ。

私はブルドッグが好きだし、ブルドッグが愛しい。

だが彼らの身体を想うと、気持ちは一気に複雑になる。

ブルドッグの姿には、過去の無数の祖先の極限の苦しみが刻まれているのだ。

人間の欲望は歯止めが効かない。果てしなくエスカレートする。

嗜好のためには、金儲けのためには、手段を選ばない。

特に相手が動物の場合には、一切手段を選ばない。

泣き叫ぼうが、涙を流そうが、一切許さないのだ。

ブルドッグに限らず全ての「犬種」に、途方も無い悲劇が隠されている。

**** WOLFTEMPLE ****