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<2008年1月10日>

日本黒熊(月の輪熊)は、殆ど植物食で生きています。

木の実や果実があれば、ひっそりと穏やかに暮らしていきます。

多くは望みません。

生きていくのに必要なだけの食べ物と心やすらぐ自然があれば、それで充分でした。

腕力は凄いのですが、それは採食のときと防衛のときに使う力です。

誰かを攻撃したいとか、誰かを傷つけたいとか、そんなつもりはありません。

静かな気持ちで生きたいのです。

そして黒熊はとてもナイーブです。

母を殺され、兄妹を殺された子熊が、三日三晩泣き続けた話を聞いたことがあります。

あるいは母熊の愛情の深さは、熊猟師だったら誰でも知っているはずです。

子を守ろうとして自らが犠牲となった母熊の話は無数にあるはずです。

子を自分の身体の下に隠して、自分が盾となって銃弾を浴びるのです。

何度も、身体を貫く衝撃が襲います。

身体が破壊されていきます。

それでも、母熊は子をかばい続けたのでした。

人間が助けられた例もあります。

雪深い冬山で迷った少年が寒さの中で彷徨ううちに穴倉を見つけ、そこに入っていきました。

そのまま倒れるように眠り込みました。

気がつくと、とても暖かな何かに抱かれていました。

あまりの疲れで、少年は考える暇もなく、再びその心地よい眠りに落ちました。

朝、目覚めた彼がかすかな明かりの中で見たものは、

自分をやさしく抱きかかえてくれている熊の姿でした。

熊は冬眠中でしたが、意識はありました。

身体と精神は高レベルの省エネモードに入っていましたが、意識はあるのです。

熊は自らの意志で、少年を寒気から守っていたのです。

少年は無事に里へ帰りましたが、その日以来、彼の中で何かが変わりました。

あの夢のような体験が彼の心に深く刻み込まれ、

その後の人生のずっと、その感動が心を占める毎日となったのでした。

ただ「救われた」という事実だけに胸を打たれたのではありません。

野性界の奥に隠された心の領域を垣間見てしまった感動でした。

少年はあの日の出来事を永遠の宝物にしたのでした。 ※実話です。


山で食べ物が無くなりました。

本当はもっと一杯あったはずなのです。

でも、今はもう、探しても探しても見つからないのです。

いつも空腹を我慢してきました。

もう、歩くのもやっとの思いです。

山の下のほうで、食べ物の匂いがしました。

その方向は、危険な匂いも満ちていました。

でも、生きるために、山を降りていきました。

生きている以上、なんとしてでも生きようと、心が思ったからです。

とても怖い予感がありました。

でも、食べ物はあったのです。

だから夢中で食べました。

ずっとずっと食べていなかったから、ほんとうにおいしかったのです。


その子は捕獲され、

身動きも取れないほどの狭いオリに閉じ込められた。

恐怖と不安で心が張り裂けそうだった。

捕獲された時のケガの痛みも忘れて、渾身の力でオリを出ようとした。

その子の手やアゴや口は傷だらけになった。人間ならば大ケガのレベルだ。

その状態が何日も続いた。

人間たちがオリの周りで見ている。

一刻を争う事態なのに皆、のん気に見ている。

もう、立っていることも出来ないほどに衰弱しているのに、

それでもその子が最後の気力で耐えているのに、

誰も気づかない。

誰一人、子熊の苦しみを気遣う者はいなかった。

その子は「害獣」、ただそのひと言で片付けられたのだ。

※昔はオリの外から鉄棒で突きまわして殺したりした。苦しみは延々と続いた。


ニュースでは「怖いですね、危険ですね、迷惑ですね!」とアナウンスされた。

日頃から「自然との共生」をスローガンにしているマスコミの、

その口から出る言葉がただこれだけだった。

招かれたコメンテーターも、似たような次元の話で終始する。

「識者」と呼ばれる人たちが、何も考えていなかった。

スローガンは建前だけで、山の命のことなど、実は何も考えていなかったのだ。


その熊は、人間で言えばまだ中学生くらいの子供だった。

育ち盛りなのに、いつも空腹に耐えてきた。

身体は成長のための栄養を求めて悲鳴をあげていた。

でも、たったひとりで頑張ってきたのだ。

絶食の中で眠る毎日はどんなに辛かっただろうか。

誰ひとり頼る者のいない毎日はどんなに孤独だっただろうか。

それでも、「生きる」使命の声を聴いて、

その子は、明日の一日に、いちるの望みを託してきたのだ。


「ワイヤー・トラップ」(肉を切断し、骨にまで食い込むワナ)で傷ついた前足が、

眠ることを許さないほどに痛んだ。

真っ赤に燃え盛る炎に焼かれているようだった。

間断なく襲う痛みに耐え、その子は最後の最後まで、生命の灯をともそうとした。

だが、その身体にはひとかけらの力も残ってはいなかった。

薄れゆく意識の中で、お母さんと一緒だった頃の、

あの楽しい日々が、走馬灯のようにまぶたに浮かんだ。


僕は毎日、お母さんのお乳を一杯飲んだ。

お母さんはとてもとても優しくて、僕のことを守ってくれた。

それから僕にいろんなことを教えてくれた。

生きること、生きる方法のこと、生きる力のことを、僕はお母さんの姿から学んだ。

僕はお乳を一杯飲んでいたけれど、でもお母さんはあんまり食べていなかった。

山には食べ物が少なかったんだと、今の僕には分かる。

お母さんの身体がどんどんやせていった。

お母さんは自分の身体の血と肉と骨を、お乳に変えていてくれたんだ。

僕の飲むお乳は、お母さんの身体だったんだ。

僕はお腹が一杯になると、お母さんに遊んでもらった。

僕は元気一杯だったから、ずっとお母さんにじゃれついた。

お母さんはそのやせた身体で、精一杯、僕と遊んでくれた。

きっと、空腹でふらふらだったのに。

お乳を飲む時期が終わると、お母さんと一緒に遠くまで食べ物を探しに出かけた。

でも、食べ物は少なかった。

僕とお母さんは毎日空腹のまま、抱き合って眠った。

僕が空腹で泣くと、お母さんはやさしくやさしく僕の顔を舐めてくれた。


その子は怖ろしい匂いに満ちた二本足の生き物の世界の中で、

その冷たいオリの中で、「絶望」という二文字を悟った。

その子の願いは、最後まで聞いてもらえなかった。

もとから、人間は聞く耳を持っていなかったのだ。

もう、悲しみは胸の奥に沈んだ。

心は、あのやすらかな大自然のもとに向かっていた。

小鳥たちの歌声が聴こえる。

花たちのやさしい香りが届く。

せせらぎの音の中で、若草の萌える匂いの中で、

その子は大自然の愛に包まれていた。

短くも力の限りに生きた生涯が、その幕を閉じた。


「くたばったぞ!!」と誰かが言った。

「おい、今夜は熊鍋だぞ!!」「熊が若いから、こりゃあうまいぞ!!」

酒が用意され、宴会が始まった。

そこにはひとかけらの祈りもなかった。


だが、大自然は知っている。

一頭の熊の懸命の生涯を。

全身全霊で生きたその熊の心を。

誰かが山の食べ物を奪ったことを。

誰かが、大自然の子供たちを苦しめてきたことを。


大いなる愛の光がその子の魂を見守り、

そして大いなる世界へと導いていった。

**** WOLFTEMPLE ****