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<2007年12月20日>

十数年前、野生動物保護団体の人と電話で話したことがある。

そこは大きな団体だったが、話の相手からは「情熱」を感じなかった。

「ただ淡々と業務に就いている」ような雰囲気が伝わってきた。

「私たちは野生動物の保護をやっています。ペット動物の保護とは別の世界です。」

と、その人は語った。その言葉の裏側には、

「ペット動物の保護と一緒にするな!私たちはもっと意義のある活動をしている!」

という傲慢な意識が見えた。

この意識は、自然保護活動や野生動物研究に関わる人たちの中に多く見られる。

逆に、ペット動物の保護活動をする人たちは、野生動物には関心が低かった。

低かったと言うよりも、「別の世界」だと考える人が多かった。

つまり、両者共に「世界が違う、領域が違う」と認識していたのだ。

私は、いつも失望していた。「何故、分けて考えるのだ!」と。

「根本の根っこは一緒なのに、何故、気付かないんだ??」と。

ペットに対する意識も、野生動物に対する意識も、大自然に対する意識も、根底で結びついている。

その人が、自分自身の意識に気付かないだけなのだ。

自分で自分の意識が分かっていないだけなのだ。

大自然をリスペクトする人は、ペットもリスペクトできる人だ。

野生動物に敬意を払える人は、大自然に敬意を払う人だ。

ペットの心を知る力と野生動物の心を知る力と大自然の心を知る力は、全く同種の力なのだ。

ペットの悲劇がこのまま続く世の中なら、自然界の悲劇もこのまま続くだろう。

自然界への横暴が続く世の中なら、ペットへの横暴も続くだろう。

人間特有の優越意識、支配者意識、特権意識を捨てることが出来れば、

ペットも野生動物も大自然も、同様に愛せるだろう。

そして、人間同士の争いも格段に減るだろう。

人間同士の争いも、つまりは根っこが一緒なのだ。

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