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<2007年12月9日>

森は神秘に満ちています。

不思議なことが一杯あります。

私にその神秘を体験させてくれるのは、家族の犬たちです。

彼らの純真が神秘を呼ぶのだと思います。

光が現われます。時には荘厳な音楽のような音が聴こえます。

言葉に出来ないほどに深い何かを感じます。

慈悲の塊り、愛の塊り、

時間と空間の概念を超えた、

あらゆる固定観念を超えた何かを感じるのです。

この世には「厳しさ」があります。

もし自分だけが長生きしたいと思ったら、大自然の調和は成立しません。

自分と他と全体は調和の中で変化し続けるから、変化には厳しさが伴うから、

動物たちはその約束を知っているから、自分本位の願いの虚しさを覚っているから、

だから彼らは、ただただ全身全霊で生きています。

偉大なる何かを感じながら、一瞬一瞬を渾身の力で生きているのです。

その過酷なるも美しい懸命の世界に、光が寄り添っているのです。

偉大な光が見守り、その生涯を、そのドラマを、見届けているのです。

私の家族たちは私と共に暮らしていますが、

しかし大自然のスピリットを忘れてはいません。ひとかけらも忘れてはいません。

私は彼らを通して尊い世界を垣間見ているのだと思います。

我々の絆を見守る何かが、時には光となって時には姿となって森に現われるのだと思います。

その神秘をクレパスで表現しました。

描いたのは狼山舎の「keiko」です。

彼女は独特の感覚を持ち、私以上に「何か」を見ます。

この森に現われる神秘をキャッチして、それをクレパス画に表現します。

神秘を表現することは、かなり困難です。

この絵を見て「???」と感じる人も多いかも知れません。

しかしこの絵は、我々にとっては真実です。

我々は神秘現象を求めて生きている訳ではありません。

我々にとって神秘(深秘)は日常であり、家族であり、森そのものです。

我々にとって神秘はオカルトの類いではなく「感動」そのものなのです。

※仏教では「神秘現象に囚われるな」と戒めますが、

神秘世界に酔い、そればかり求めていては、肝心な使命を忘れることになってしまいます。

神秘は、「今」を生き抜いているときに訪れます。

**** WOLFTEMPLE ****