<2007年11月10日>

熊は、母熊の光と共に現われ、そして去りました。

大自然が心の世界であることを、震えるほどの感動で感じました。

試練に満ちた過酷な大自然のその奥に、光輝く愛の世界があるのです。

山や川や木々の緑の風景は確かに美しく、心を癒されます。

しかし大自然のクライマックスは、命たちのスピリットです。

その姿の中に隠された魂を知るとき、この胸を衝撃が貫きます。

生前、その母熊も飢えていました。

どんなに探し歩いても、食べ物はほんの僅かでした。

しかし、懸命に子熊を育てました。

思うようにお乳が出ません。

お乳を作る栄養が足りなかったのです。

母熊の身体は、自らの血や肉や骨をお乳に変えていきました。

どんどん痩せていきました。

母熊は、自分の身体を削ってお乳を作ったのです。

子熊は大きくなっていきました。

でも、いつもお腹は減っています。

満腹になる日は数えるくらいしかありません。

しかし子熊はくじけませんでした。

いつも明るく遊びました。

母熊は、その痩せた身体で子熊の相手をしてくれます。

歩くのも辛いほどに体力を失っているのに、笑顔で遊んでくれるのです。

お腹の空いたまま、母と子は抱き合って眠ります。

空腹で子熊が泣くと、母熊はやさしくやさしく舐めてくれます。

その光景が、心に現われました。

私はおもわず手を合わせました。

子を想う母の姿に、母を想う子の姿に、慟哭しました。

人は野獣と呼び、迫害します。

しかし、せめて知って欲しいのです。

彼らに心のあることを、彼らが愛を覚っていることを。

20年前、今は亡き狼の「太郎」が生後23日で我が家族となったその晩、

彼は突然起き上がり部屋を出て、夜空の見える廊下に立ちました。

そして月の輝く夜空に向かって長い長いホウルを歌いました。

暗闇の中、私はそっと彼を見守りました。

そのホウルは到底、赤ん坊の声ではありませんでした。

重厚な声量が蒼い闇に響き渡ります。

私には何故か分かりました。

そのホウルが、母狼との別れの歌であったことが。

二度と母に会えないことを覚った太郎は、ホウルに全てを託したのです。

未練の哀歌ではありません。

母への愛を、母への誓いを、真実の心で、狼の誇りの心で、一心に歌ったのです。

その歌は今もなお、この胸に刻まれています。

彼がこの世を去る時、今度はこの私に「別れの歌」を歌ってくれました。

その歌を、忘れることはできません。

我が家に「カン(悍)」という犬がいます。

母親は白い柴犬でした。「夕月」といいます。

夕月は、自らの命を賭けて我が子を守りました。

真実の愛に命を捧げたのです。

カンのすぐそばに、白い光が現われます。

私は「夕月!!」と直感しました。

カンはその光のことを知っています。

静かに、その光を見つめています。

表現できないほどの深い愛が伝わってきます。

夕月は偉大な母でした。

子犬たちを愛し、導き、そして命懸けで守りました。

夕闇の空の月を仰ぐ時、私はいつも彼女のことを想います。

**** WOLFTEMPLE ****