無意識レベルを上げたい69 | 鬼塚芳樹の青春賛歌 byウルフジャーキー

無意識レベルを上げたい69

無意識と投影

ユング心理学では、一般的に「こころ」と呼ばれているものの中に「意識」と「無意識」という2つの領域があると考えています。

「意識」とは、その名の通り自分自身が意識することのできる領域です。一般に、ある人が「自分である」と考えているものが「意識」にあたります。「自我」とも呼ばれます。

一方、「無意識」というのは、その名の通り意識されないもの、ということになります。意識されることがないんだからそんなものはないも同じで、そんなものについて考察する意味はまったくないのではないかと考えられるかもしれませんが、そういうわけにはいかないのです。無意識は意識とつながっていて、普段は意識できませんが本人の意識(=自我)と関係なく無意識の力が意識に影響を及ぼすことがあるのです。

無意識がもっとも身近に現れるものが、夢です。夢には、現実のパロディのようなわかりやすいものもありますが、たまに自分が考えもしないようなことや、言葉に出来ないようなわけのわからない出来事が起こったりもします。これはもともと自分の意識にないものであり、これらは無意識から来たものであるとユング心理学では考えます。ただ、無意識からもたらされたこれらの情報は意識にそのまま入っても理解不能なため、前意識と呼ばれる領域で検閲を受けてから意識化されるといわれています。このため、現実としては言葉に出来なかったり、わけのわからない出来事として夢に現れるというのです。また、睡眠中といえども意識の働きがまったくないわけではなく、意識に含まれる情報もたぶんに夢には現れることも付け加えておきます。

無意識とは、単純に言うと意識されないもの集合体です。活発な人の無意識にはおとなしい人格が、おとなしい人の無意識には活発な人格が意識されないまま眠っています。これらは、意識されたことがないため非常に幼稚で未発達なのです。普段はおとなしい人が、何らかの拍子に急にわがままを言い出して聞かなくなったりすることがあります。これは、無意識の活発な(しかし幼稚な)人格が騒ぎ出しているためであると、ユング心理学では考えます。

普通の人は、無意識に存在するものを自分の心の中にあるものとは認めていません。無意識に存在するものを意識化する場合、それはたいてい自分のものとしてではなく、他人のものとして認識されます。さっきの例でいうと、たとえば活発な人がおとなしい人を見て非常にいらいらさせられたとします。これは、自分の中のおとなしい(しかし未発達な)人格をその人の上に重ねてみて、自分自身の無意識に存在する幼稚でおとなしい人格にいらいらしているのです。だから、はたから見ると「何でそんな必要以上にいらいらするの?」という風に見えます。このような現象をユング心理学では「投影」呼びます。



「普段から無意識の所を意識し無意識での場面での失敗を失くす努力しレベルアップします」