なぜ心が晴れないのだろう?
まずはじめに、
私の思いの丈を綴った英文を、転載、拡散、そして世界各国の動物保護団体に
送っていただきありがとうございました。
その上、コメント、メッセージ、ペタ、読者登録、本当にありがとうございます。
たくさんの方が、個々に首相官邸、官庁、県、国会議員などにメールを送ったり
要望書を出したのが、やっと実り警戒区域にいる動物達が救出されようとしています。
でも私の心は晴れません。
不安がつきまとうのです。
理由はたくさんあります。
一つには、前回福島県が動物救出を発表し、英文にも書いたように
形だけの保護(繋がれた犬や、家にいる猫達は保護されなかったこと)
で終わったこと。
また今回もちょっとだけ踏み込んだ形で終わってしまうんではないか?という危惧。
それと新聞、報道の書き方。
たとえば今日の毎日新聞は
検討って言葉に違和感を感じるというか、引っかかります。
そして今日の読売新聞 では、
「環境省と県は、住民の要望を受け、同村の警戒区域内に残されたペットの
犬と猫の持ち出しを認めることにした。一時帰宅した住民が庭先や玄関前などに
つないでおけば、翌11日に職員が保護し、連れ帰る。」
っていうことは、飼い主が生き延びて欲しいと願い、放した動物達は
どうなるんでしょう?
つないでおけば保護し、連れ帰るけど、放浪しているペットはまたそのまま
放置なのか?
言葉の一つ一つに反応してしまう自分がいます。
どこかで今回のことも裏切られるのではないか?という自分がいます。
考えすぎなのでしょうか?
震災からもうすぐ2ヶ月。
日本政府はよくここまでたくさんの命を放置できましたね。
良心の呵責というものがないんでしょうか?
それとも命とも思ってないんでしょうか?
そして今回の件は、私達日本国民にも非があるし、考えなくてはいけないと思います。
私達には選挙権というものがあります。
私達が選んだ議員、党、政府なんです。
もちろん選挙で投票したときは、こんな天災、人災が起こるとは誰一人予想できませんでした。
でもこれからの選挙では、増税、年金、福祉などといっしょに
動物保護、殺処分をなくす、などを視野に入れて選ばないといつまでたっても
日本はかわらないんじゃないかって。
動物の命を考える国は、きっと人の命も考えてくれます。
動物にやさしい国は、子供にも、老人にもやさしい国だと思います。
アメリカにいる私にも選挙権があります。
もし今度選挙があり、その時私の意に叶う立候補者がいなかったら
無効票を投じるつもりです。
こんな悲劇、動物達にとっての人災は二度と繰り返してはいけない。
まだまだ被災した動物達はたくさんいます。
それに福島の件もまだはじまっていません。
しっかり監視しなくては!