つづき
・・・さらに続けます。
何度もいうようですが、僕は宗教を信仰していません。
こういうことを書いていると、なにかしらの反論があるでしょう。
だけど、日本国憲法にもあるように、宗教の自由は、国民の権利なんです。
信仰しないのも自由なんす。
だけど、僕は、前にも書いてあるように、儀式は重んじますし、否定はしません。
そういうパーソナリティーなことは、なかなか伝えられないものだとわかっていますが、
言いたいことは言いたいのです。
だから、コメントはうけますが、僕への中傷は、勘弁してください。
いや、受ける覚悟はありますよ。
ただ、正々堂々と言ってくれるならうれしいものです。
そういう人がいたら、食事会でも設けて、ゆっくり話し合いたい気分です。
で、なんだっけ。
そうそう、キリスト教ではないのですが、
十字をきるときはあります。
胸の前で、縦に指先を動かしてから、横に切ります。
何かの本で読んだのですが、多分正式なやりかただと思います。
いや、そんなに深い知識はありせんが。
えっと、十字を切るときって、自分が何かをやり遂げたいとき、
自分のできる限りのことをして、それでも、失敗する可能性なんで、
ぬぐいきれません。
そんなときは、全力を尽くしたから、あとは、運を天に任せる!と
いったときに、十字を切ります。
逆に、そういったときしか、運を天にまかせたらいかんと思うのです。
そういえば、ブロック・レスラーと中邑真輔が対戦するときに、
中邑真輔が、リングインするまえに、印を結んでいました。
かっこいいと思いましたさ。
きっと中邑真輔は、ブロック・レスラーとやりあうために、
やれることをやって、ベストを尽くしたのでしょう。
ベストを尽くした男がやれることといえば、
しっかりできるようにと運を天にまかすしかないのです。
あの姿はしびれましたさ。
なんで、夜にこんなことをかいてたんだっけ?
まあ、いいや。
で、そうそう。十字を切って失敗したときも天をうらんじゃあいけないんす。
なにかしら、自分の力がたらなかったんすよ。
神の名を呼ぶときは、物事がうまくいったときに、感謝するときに
よべばいいんす。
買って不思議の勝ち無し、負けて不思議の負けなしみたいな。
うーん、何かをやりとげられたときに、自分の実力ってのもあるでしょうし、
次にやるときの自身にもつながるかもしれません。
でも、それで甘んじてはいかんので、うまくいったら、きっと
ついていたんでしょう。そう考えるべきなのかなぁと
思います。
ああ、思い出した。ツキを呼び込む方法だ。
まあ、いいや。機会があればまた書きます。