長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設工事差し止め訴訟の控訴審判決を福岡高裁法廷(福岡市中央区六本松)で聞いた。
10月21日13時半から裁判所門前で集会。弁護団とたくさんの支援者と報道関係者が集まった。6月18日に結審した弁論の再開を申し立てていたが、それについて何の連絡もなく、判決を強行するのなら住民無視で不当だと弁護団が訴えた。河川光学の専門家が、今年8月中旬に川棚川流域で降った大雨のデータを基に石木ダムの必要性を検証、石木ダムの必要性のなさが実証されていた。

10月21日13時半から裁判所門前で集会。弁護団とたくさんの支援者と報道関係者が集まった。6月18日に結審した弁論の再開を申し立てていたが、それについて何の連絡もなく、判決を強行するのなら住民無視で不当だと弁護団が訴えた。河川光学の専門家が、今年8月中旬に川棚川流域で降った大雨のデータを基に石木ダムの必要性を検証、石木ダムの必要性のなさが実証されていた。

傍聴整理券をもらって抽選、くじ運は良い筆者は当選し、裁判所玄関の金属検査もすませて、101大法廷へ。席は相変わらず、新型コロナ感染対策で一つ飛び。少し換気が悪くむぅっとする。14時半の判決言い渡し前に報道各社による法廷内撮影が3分間。なんとなく息をつめた感じで時間の過ぎるのを待つ。裁判官入廷、席を立つ人半分以上か。福岡では、だいぶ以前から席を立って裁判官に例を示すことはしていない。帽子も咎められない。
判決は敗訴。弁論再開申立については全く説明なく、主文「原告の申立を棄却する」を読み上げて裁判官は退廷した。敗訴した側はいつもならここで怒号を鳴り響かせるのだが、なんとなくそんな雰囲気でなく筆者もおとなしく法廷を後にした。 門前で裁判所への抗議の声もあげなかった。「不当判決!」の垂れ幕もなし。どうしてだろう?
判決は敗訴。弁論再開申立については全く説明なく、主文「原告の申立を棄却する」を読み上げて裁判官は退廷した。敗訴した側はいつもならここで怒号を鳴り響かせるのだが、なんとなくそんな雰囲気でなく筆者もおとなしく法廷を後にした。 門前で裁判所への抗議の声もあげなかった。「不当判決!」の垂れ幕もなし。どうしてだろう?
裁判所の近くにある科学館6階のホールで報告会にも参加した。判決を受けて、弁護団事務局長が判決理由を解説した。
判決は、原告の主張する人格権について、「差し止めを求めうる明確な実態を有しない」という地裁の判断を踏襲したものだった。しかし、裁判所はこれまでの裁判の中で初めて「覚書」について言及した。「地元関係者の理解が得られるには至っておらず、県をはじめとする事業者には今後も理解を得るよう努力することが求められる」と被告の長崎県に注文をつけた形。住民と長崎県知事は、協議が整うまでは工事を強行しないという「覚書」(昭和47年7月29日)を交わしていた。
説明責任を果たさず、今も工事を進めようとしている長崎県に対して、弁護団も原告団も上告すると強い決意を表明したが、「上告したら勝てるのか」、「勝てる要因があるのか」といった質問が出た。それに対して4大公害裁判に参加してきた弁護士は、「たくさんの人が現地で工事を止め続けられれば裁判に勝てる」「裁判に勝てなくても工事を止め続ければ勝てる」と力強く言った。裁判での勝利がこの石木ダム闘争の勝利ではない。石木ダム建設を止めることが目的・勝利であって、裁判に勝つことは手段の一つに過ぎないと受け止めた。
石木ダム建設の目的は、佐世保市の水の確保と川棚川の洪水の防止。このどちらも必要のないことがわかっているのに進められる石木ダム建設事業だが、似たような話は全国にある。国と企業が利権に飛びついて生まれる巨大事業、税金の無駄遣いの巨大事業、それを止めるために、地元に近い石木ダム建設を止めなければならないと思った。



判決は、原告の主張する人格権について、「差し止めを求めうる明確な実態を有しない」という地裁の判断を踏襲したものだった。しかし、裁判所はこれまでの裁判の中で初めて「覚書」について言及した。「地元関係者の理解が得られるには至っておらず、県をはじめとする事業者には今後も理解を得るよう努力することが求められる」と被告の長崎県に注文をつけた形。住民と長崎県知事は、協議が整うまでは工事を強行しないという「覚書」(昭和47年7月29日)を交わしていた。
説明責任を果たさず、今も工事を進めようとしている長崎県に対して、弁護団も原告団も上告すると強い決意を表明したが、「上告したら勝てるのか」、「勝てる要因があるのか」といった質問が出た。それに対して4大公害裁判に参加してきた弁護士は、「たくさんの人が現地で工事を止め続けられれば裁判に勝てる」「裁判に勝てなくても工事を止め続ければ勝てる」と力強く言った。裁判での勝利がこの石木ダム闘争の勝利ではない。石木ダム建設を止めることが目的・勝利であって、裁判に勝つことは手段の一つに過ぎないと受け止めた。
石木ダム建設の目的は、佐世保市の水の確保と川棚川の洪水の防止。このどちらも必要のないことがわかっているのに進められる石木ダム建設事業だが、似たような話は全国にある。国と企業が利権に飛びついて生まれる巨大事業、税金の無駄遣いの巨大事業、それを止めるために、地元に近い石木ダム建設を止めなければならないと思った。

















