明日のわたしへ -69ページ目

明日のわたしへ

昨日のわたしが今日のわたし、明日のわたしとは限らない。だから、わたしは明日のわたしに記録を送る。
⭐︎「白い狼のため息」の過去ページをこちらに移しました。

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設工事差し止め訴訟の控訴審判決を福岡高裁法廷(福岡市中央区六本松)で聞いた。
 
 10月21日13時半から裁判所門前で集会。弁護団とたくさんの支援者と報道関係者が集まった。6月18日に結審した弁論の再開を申し立てていたが、それについて何の連絡もなく、判決を強行するのなら住民無視で不当だと弁護団が訴えた。河川光学の専門家が、今年8月中旬に川棚川流域で降った大雨のデータを基に石木ダムの必要性を検証、石木ダムの必要性のなさが実証されていた。

IMG_1106
IMG_1108
IMG_1109
IMG_1123
IMG_1124
IMG_1125
IMG_1126
IMG_1129

 傍聴整理券をもらって抽選、くじ運は良い筆者は当選し、裁判所玄関の金属検査もすませて、101大法廷へ。席は相変わらず、新型コロナ感染対策で一つ飛び。少し換気が悪くむぅっとする。14時半の判決言い渡し前に報道各社による法廷内撮影が3分間。なんとなく息をつめた感じで時間の過ぎるのを待つ。裁判官入廷、席を立つ人半分以上か。福岡では、だいぶ以前から席を立って裁判官に例を示すことはしていない。帽子も咎められない。
 
 判決は敗訴。弁論再開申立については全く説明なく、主文「原告の申立を棄却する」を読み上げて裁判官は退廷した。敗訴した側はいつもならここで怒号を鳴り響かせるのだが、なんとなくそんな雰囲気でなく筆者もおとなしく法廷を後にした。 門前で裁判所への抗議の声もあげなかった。「不当判決!」の垂れ幕もなし。どうしてだろう?

 裁判所の近くにある科学館6階のホールで報告会にも参加した。判決を受けて、弁護団事務局長が判決理由を解説した。
 判決は、原告の主張する人格権について、「差し止めを求めうる明確な実態を有しない」という地裁の判断を踏襲したものだった。しかし、裁判所はこれまでの裁判の中で初めて「覚書」について言及した。「地元関係者の理解が得られるには至っておらず、県をはじめとする事業者には今後も理解を得るよう努力することが求められる」と被告の長崎県に注文をつけた形。住民と長崎県知事は、協議が整うまでは工事を強行しないという「覚書」(昭和47年7月29日)を交わしていた。
 説明責任を果たさず、今も工事を進めようとしている長崎県に対して、弁護団も原告団も上告すると強い決意を表明したが、「上告したら勝てるのか」、「勝てる要因があるのか」といった質問が出た。それに対して4大公害裁判に参加してきた弁護士は、「たくさんの人が現地で工事を止め続けられれば裁判に勝てる」「裁判に勝てなくても工事を止め続ければ勝てる」と力強く言った。裁判での勝利がこの石木ダム闘争の勝利ではない。石木ダム建設を止めることが目的・勝利であって、裁判に勝つことは手段の一つに過ぎないと受け止めた。
 
 石木ダム建設の目的は、佐世保市の水の確保と川棚川の洪水の防止。このどちらも必要のないことがわかっているのに進められる石木ダム建設事業だが、似たような話は全国にある。国と企業が利権に飛びついて生まれる巨大事業、税金の無駄遣いの巨大事業、それを止めるために、地元に近い石木ダム建設を止めなければならないと思った。
IMG_1130
IMG_1132
IMG_1135


大津啓さんは、2020年12月21日に癌闘病の末、亡くなった。新型コロナ感染拡大防止の非常事態宣言が発令されていて、葬儀には参列できなかった。その後、追悼集発行のための原稿依頼を受けて書いたもの。出来上がった追悼集には、わたしの知らない大津さん、馴染みの大津さんがいた。

*****

苦笑いだったけど

 新型コロナという未知のウィルス感染拡大を防ぐとして日本政府は、二度の緊急事態宣言を発令し、人々の集まる自由、移動する自由を奪った。福岡市民救援会の毎月の例会をお休みされるようになった大津啓さんが入院していると聞いた時、自分が新型コロナを運んではいけないと思い、お見舞いは控えた。大津さんが元気になって、会議に出てきたら、「お見舞い行かんでごめーん。えへっ」と笑ってごまかすつもりだったのに、大津さんは逝ってしまった。

 集会や街頭情宣、デモ、いろんなところで、大津さんに遭遇した。わたしがぼんやり立っていると、「きつかねー」と独り言のように話しかけてくるのが大津さんだった。たいてい、後ろから声をかけてくるが、それまで気づかず、結構、動揺した。いつから、そこにいたんだろうと。しかし、大津さんは、わたしの気持ちには構わず、「腰が痛いっちゃ」、「朝からなんも食べとらん」、「他に誰かおらんとかねー」と愚痴が始まる。大津さんが気軽に愚痴を言うので、つい、わたしも日頃の鬱々とした気持ちを話す。すると、「あんたも大変やねぇ」と苦笑いを浮かべつつ去って行く。大津さんは特に用事がなくても挨拶に来るネコの様な人だった。

 しかし、大津さんは厳しい人でもあった。福岡市民救援会の例会で、方針を議論する時、原則を決して曲げず主張した。きつい物言いになる時もあった。はじめて対峙する人は驚くだろう。わたしは、大津さんに初めて会ったのがいつ、どこでだったか、もう思い出せない。反原発集会?反戦、反基地? 
 2013年に、一緒に福岡市民救援会を立ち上げて活動してきたけれど、大津さんは、本当にわたしたちにとってなくてはならない人だった。お見舞いに行けなくてごめんね。たくさんの笑顔をありがとう。(苦笑いだったけど・・・。)

2021.3.23
まえだヒソカ(福岡市民救援会)
IMG_1095
IMG_1092

10月11日の福岡市民救援会街頭情宣チラシに書いた原稿。死刑廃止・タンポポの会に書く死刑廃止とは少し違った視点になったでしょうか?

*****

どんな人の人権も守られなければならない!

 みなさん、こんにちは。福岡市民救援会です。毎月第2月曜日、福岡パルコ前で、わたしたちの考え方や活動についてマイクやチラシで紹介しています。わたしたちは、警察の不当な職務質問、逮捕、家宅捜索は人権侵害であると考えています。そういう警察の人権侵害を「弾圧」といいます。もし、自分や家族、友人が弾圧にあった時には福岡市民救援会に連絡して下さい。緊急電話番号は、090-2396-1374です。

 さて、10月は死刑制度についてのお話です。わたしたちの国には、最高刑として「死刑」があります。命を奪う刑罰です。死刑が適用される罪は18種類もあります。刑法では、殺人罪、強盗致死罪、強盗強制性交等致死罪など12種類、特別法では、組織的な殺人罪、爆発物使用罪など6種類です。刑の執行方法は絞首で、百道の福岡拘置所にも絞首台があります。現在、福岡拘置所には16名の「死刑囚」がいます。死刑はテレビや本の中だけにあるのではなく、ずっと身近にあるのです。

 国内には、114人の「死刑囚」がいますが、そのうちの一人が袴田巌さんです。1966年の事件ですが、冤罪を訴えて何度も再審請求を求めてきて、2014年に死刑及び拘置の執行停止が決定し塀の外で暮らしていますが、いまだに袴田さんの再審請求裁判は始まっておらず、身分も「死刑囚」のままなのです。再審請求している「死刑囚」は全国に70人以上いますが、国は一度、死刑判決を宣言したら、そう簡単には撤回しません。国としてのメンツが人の命より重いのでしょうか。戦後、免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件と4人が死刑事件の冤罪をはらして生還しています。死刑冤罪は間違いなく存在しているのです。

 どんなに精査しても誤判や冤罪は防げないと気づき、また死刑は取り返しのつかない刑罰である、そもそも究極の人権侵害であるとして死刑制度を廃止したヨーロッパの国々は、戦争で多くの命が奪われたことの反省もあったと言っています。まずは制度としての死刑をやめることから始まったのが「世界死刑廃止デー」で、毎年10月10日に世界中で死刑廃止を祝い、求める日になっています。今年で第19回になります。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると2021年4月現在、10年以上死刑執行のない国も含めると、144カ国・地域が事実上、死刑を廃止しています。世界の3分の2以上が死刑を廃止しているのです。日本のように死刑制度を持つ国は世界では少数派です。どこの国の人々も最初から死刑廃止に賛成だったわけではないと聞きます。しかし、制度が変われば人は変わる、死刑のない国に育てば、それが当たり前になるというのです。さらに死刑廃止に熱心に取り組む国のほうが殺人事件の被害者救済にも真剣に取り組んでいるといいます。死刑廃止とは人権を大事にすることなのです。
 誰の命も大切です。誰の人権も守られなければなりません。わたしたち福岡市民救援会は自分たちの人権を守るため、そして警察の冤罪を防ぐためにも警察の横暴や弾圧と闘っていきます。    
2021.10.5 ヒソカ
                             
わたげ通信No.76に投稿した原稿。
福岡で続けて死刑判決を聞いた。飯塚事件の再審請求が棄却された。福岡での死刑執行が身近に感じられて書いたものです。福岡市民救援会向けにするか死刑廃止向けにするか迷いつつ、こういう形になりました。

福岡で二つの死刑判決 〜工藤会事件と小郡母子殺害事件〜

 8月24日、福岡地裁で特定危険指定暴力団工藤会(以下、工藤会)4事件の判決公判があった。四代目会長総裁(以下、総裁)に死刑が、五代目会長(以下、会長)に無期懲役が言い渡された。4事件とは、元漁協組合長射殺(1998年)、元福岡県警警部銃撃(2012年)、看護師刺傷(2013年)、歯科医師刺傷(2014年)で、死者は元漁協組合長のみに留まったが、いずれも残忍な事件であり、特に県警警部補銃撃は福岡県警にとって許しがたい事件であったろう。

 2019年から2021年までの同裁判で検察側、弁護側あわせて延べ91人の証人尋問が行われ、総裁への求刑は死刑、会長への求刑は無期懲役であった。両被告は一貫して無罪を主張してきたが、判決は求刑通りの判断であった。両被告は実行犯でないことはもとより、事件の指示も関与もしていないと主張した。裁判では両被告が事件を指示したという直接証拠は出されなかった。

 検察は、工藤会が『厳格な統制がなされる暴力団組織』であること、「組員らに犯行を指示できる上位者は両被告」であり、「配下の組員が独断で行うことができるとは考えがたい。両被告の関与がなかったとは到底考えられない」という証人たちの証言から、両被告の暗黙の指示を組員が受けて実行したのだから、これは共同共謀正犯で、両被告が首謀者であると推認できるとした。

 この両被告への厳罰判決こそ工藤会殲滅のための捜査側に対する裁判所の忖度の結果ではないのか。山口組がなかなか九州に勢力をのばせないのは「日本で一番凶暴な工藤会」の存在が大きいと言われている。その工藤会を潰すために警察と検察が総力をあげての極刑判決だったのだろう。

 「暴力団」が市民の生活や命を脅かすものであれば、それは解体されるべきだろう。しかし、むやみに居場所を奪われ、追い詰められて、その所属する人たちはどこへ行けばいいのだろう。「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴対法)は、「暴力団員の行う暴力的要求行為について必要な規制を行い、及び暴力団の対立抗争等による市民生活に対する危険を防止するために必要な措置を講ずるとともに、暴力団員の活動による被害の予防等に資するための民間の公益的団体の活動を促進する措置等を講ずることにより、市民生活の安全と平穏の確保を図り、もって国民の自由と権利を保護することを目的とする日本の法律」で、この法の施行によって解散に追い込まれる「暴力団」もあるが、「暴力団」員をやめたくても新たな住居、仕事を見つけられず、結局「犯罪」に走るしかない人たちもいる。わたしは、「暴力団」員というだけで差別される法そのものに異議がある。

 そして、8月24日の判決のように、工藤会殲滅のために直接証拠もないまま間接証拠だけを積み重ねて、両被告を事件の首謀者であるとして厳罰を下すことが、本当に社会を守ることなのか。それが正義といえるのか。このような判決の導き方が許されるのなら、政府や警察などの権力にとって邪魔な企業や不都合な活動する労働組合にも同じような摘発や判決が適用されるのではないかと危惧する。特に工藤会裁判については、「組織犯罪処罰法違反」にも問われており、この立証の仕方は「テロ集団」とのレッテルを貼られた「オウム真理教」教祖の裁判でも行われた方法であり、「暴力団」だけでなく組織で活動する者には大きな恐怖を与える。とても民主国家の裁判だとは思えない。

 法廷を出る間際に、総裁は「公正な判断をお願いしたけどね。全然公正やないね。あんた、生涯後悔するぞ」と言ったという。これを脅迫と報道するところもあったが本当に無罪かどうか、真実は本人だけが知っている。

 そして、9月15日、福岡高裁は、2017年に妻と2人の子どもを殺害したとして、元福岡県警巡査部長に対して死刑判決を言い渡した(小郡事件)。最初は、練炭による無理心中で妻が子どもを殺害したと思われていた事件だが、夫が家を出た時刻と死亡時刻の不整合や妻の爪から夫の皮膚片が検出されたこと、携帯電話の履歴、妻の首の骨が折れていたこと、夫妻が不仲だったことなどから夫が3人を殺害したと断定され、福岡地裁は夫に死刑判決を言い渡した。福岡高裁も地裁判決を支持して死刑判決を言い渡した。しかし夫は一貫して無罪を主張している。代理人弁護士は「第三者による犯行の可能性を否定できない」と主張したが、裁判所は第三者の存在を否定した。解剖所見では3人の死因は窒息死。子どもは紐のようなもので首を締められたとされているが、妻の殺害方法は不明だ。事件の全容が十分に解明されなかったのは、事件の最初に無理心中と発表した警察がメンツを重んじて早期決着をさせたのではないか。この裁判でも直接証拠はなく間接証拠の積み重ねで死刑判決が出された。

 大阪母子殺害事件の最高裁判決(2010年)は、間接証拠による有罪認定について「被告が犯人でなければ合理的に説明することができない事実関係が必要」との基準を示し、今でも重視されている。かつての事件捜査は自白重視で、殴る蹴るなどの警察の暴力が当たり前だった。今も長時間取り調べや接見禁止、暴言など拷問に近い取り調べがある。容疑者の自白をとりたいからだ。

 しかし直接証拠がなく、間接証拠の積み重ねだけで死刑のような重罰が選択されるなど論外だ。最初に事件のストーリーがあって、そこに当てはまる証拠だけを採用していく捜査や審理では、冤罪は防げない。それどころか、事件の加害者としてのデッチ上げも簡単だろう。無罪を求めて、工藤会の両被告は控訴し、小郡事件の被告も上告した。最後まで闘い抜いてほしい。

 わたしは、福岡で2度も続けて死刑判決を聞き、とにかく極刑としての死刑をなくさねばならないと強く思った。極刑が死刑だから死刑判決が出る。裁判所にとって死刑判決はそんなにも軽いものなのか。死刑は、とりあえず誰かをこの世から削除するための刑罰であり、冤罪での死刑執行は取り返しのつかないものであり、理由があれば人殺しが許されるという最大の人権侵害だ。間接証拠だけで死刑判決を出せる裁判長に、命の重さは本当にわかっているのか。無罪を主張する被告たちに真摯に向き合っているのか。
 2021.9.23 ヒソカ
 毎年の世界死刑廃止デー(10月10日)、福岡でも死刑廃止・タンポポの会が講演会や上映会、デモなどに取り組んでいます。今年は久しぶりにデモの予定でしたが、新型コロナの感染状況が見えず、街頭行動だけど、マイクアピールなしで静かに、というイベントになりました。

 10月9日土曜日15時半から、福岡天神コアのあった前の通りで横断幕を広げました。タイトルは、「福岡でも、世界死刑廃止デーサイレントスタンディング」

 タンポポメンバー程度の参加だろう、と弱気の読みは相変わらずの謙虚なわたしたちでしたが、15人の参加でした。ありがとう!大分(中津)からの参加も。スペシャルサンクス!チラシを2種類配りました。
 
 福岡、連日暑さが続いていて、この日もめっちゃ暑くて、汗だらだら、喉は乾く。。。少し早めにきりあげました。
 
 「コロナ」「コロナ」の日々もようやく下火になり、他のグループも動き出し、この日は他に自由学校の「従軍慰安婦」講演や労働組合の「関西生コン支部」講演もあっていました。死刑廃止に参加してくださった皆さん、ありがとうございました。
 差別と拝金主義のオリパラも終わり、これから死刑執行がありそうな不安がありますが、みんなで死刑廃止を実現させましょう!

ぶろぐ2

ぶろぐ1

ブログ1

IMG_1061

風船

IMG_1054