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明日のわたしへ

昨日のわたしが今日のわたし、明日のわたしとは限らない。だから、わたしは明日のわたしに記録を送る。
⭐︎「白い狼のため息」の過去ページをこちらに移しました。

 1986年4月26日にチェルノブイリ原発事故が起こり、世界中に放射能が飛んでいった。脱原発の運動が高まって、わたしも参加した。仲間たちと共に「チェルノブイリ支援運動・九州」を結成し、募金を集め、放射能による被害を受けた地域に放射能測定機やミルクなどを送ったが、うまく届かなかった。そこで、やはり自分たちで届け、現地で何が起こっているのか調べようということになり、第一次調査団を送ることになった。わたしも行くことになった。
 1991年 6月、ロシアに入り、ウクライナ共和国とベラルーシ共和国を訪問した。たくさんの荷物を抱え、ロシア語の通訳と医師、新聞記者も同行した。病院を訪問すると、医療の専門用語が難しく、また、各地域を訪問したが、同じ国内でも民族が多様で言葉が違うため、現地の通訳と日本の通訳で相談しながらの通訳で大変そうだった。
 帰国して、調査団はそれぞれ、各地に散って、チェルノブイリ現地調査の報告をしてまわった。
 病院で「この子を日本に連れて帰って治療してほしい」と泣いてすがる母親。「わたしは大人になるまで生きていない」と悲しい目をした少女の喉には甲状腺を切開した傷があった。人々の立つ路上で放射能測定器の針は振り切れた。村には水道はなく井戸水を飲むが汚染されている。もうずっと頭が痛い。こどもには飲ませたくない。畑のものも食べさせたくない。でも食べなければ餓死する。放射能で死ぬか餓死するしかない。
 原発事故から4年目の真実。たくさんの写真をスライドにして、さらなる支援が必要だと九州で訴えた。
 その年、8月19日、モスクワでクーデターが起こった。わたしたちは震えた。つい先日滞在したところでクーデターが起こったと知って、世界の動きをとても身近に感じた。12月25日、 ゴルバチョフ大統領が辞任した。12月26日、 ソビエト連邦が崩壊した。わたしは、チェルノブイリ原発事故がソ連を崩壊させたと思った。小麦が売れなくなっただけじゃない、たくさんの労働者が被曝者となって、全てがドミノ倒しのように崩壊していく。それが原発事故だ。実際に、福島原発事故を経験した日本は今どうなっているか。チェルノブイリ事故から何も学ばなかった日本。福島事故からも学ぼうとしない日本。この国も滅びに向かっている。

 今、ウクライナのことが気になって仕方がない。ロシア、ウクライナ、ベラルーシに数日滞在したからだけじゃない。わたしのルーツにロシアがあると亡くなった母に聞かされていたことがあって、東スラヴ人(ウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人)への親和性が高い、というか馴染む。だから、チェルノブイリ調査団に志願した。
 先に書いた通り、ウクライナ共和国といっても、ロシア語やウクライナ語、いろんな言語を話す人たちがいる。当時も民族間同士、あまり仲が良くないことは感じた。一つの土地を取り合って、少ない仲間(民族)の絆を守ることが生き残る術なのだ。聖書の中にもエルサレムを巡って、習慣が違う、言葉が違う、宗派が違う者同士での争いが書かれている。人には、他の人の中に自分と違う部分を見出して面白がる、楽しむ人もいるけれど、攻撃する人もいる。自分と違う部分を持った人を恐れ、不信感を持ち、心に争いの種を持つ。その種がいま、世界の各地に芽吹き始めてはいないか。仲良くしなくていい。攻撃するな。お互いに攻撃するな。わたしの思いはそれだけです。
 2月23日(水)16時から天神パルコ前で、「天皇なんかいらない!」という横断幕を広げ、「天皇誕生日を祝わない!」「天皇制はいらない!」「元号はいらない!」「日の丸・君が代を強制するな」などなどのプラカードを持ってスタンディングしました。また、それぞれの天皇制への批判、抗議の思いをマイクスピーチしました。主催は、天皇制に問題あり!福岡連絡会。
 日本政府、自治体は新型コロナ感染防止として、不要不急の外出はするなと言いますが、同じ国に住む人間の誕生日を「祝日」にしてお祝いを強制することに異議を唱えることは、この日にすることが重要であり、必要なことです。
 アピールが始まって、しばらくすると、通行人の一人が足を止め、「なんでこんなことをしているんですか」と尋ねてきました。十代?二十代前半?そんな若い人の問いかけに誠実に応えている仲間、すごいなー、わたしはシャイだから、なかなか相手できません。
 しかし、気がつくと、次々にそんな若者が来て、スタンディングの参加者に声をかけ、熱心に話をしていました。
 とにかく寒くて、少し早めに切り上げることにしたのですが、片付け終わる頃、「そのマイクを貸してくれませんか?話を聞いて、言いたいことができました」と、若者が丁寧に声をかけてきました。しかし、初めて会った人にマイクを渡すわけにはいきません。断ると、「じゃ、次はどこでやりますか?そこでマイクで話したい」と言うのです。驚きました。こんな街頭で横断幕を広げて天皇批判をしているわたしたちに声をかけるなんて、右の人たち?と少し警戒していたので、本当に驚きました。年若く、丁寧な物言い、いまどきのお洒落なコートで、ヘアスタイルもバシッと決まってる、どこにでもいるフツウの青年(?)という感じでした。
 次回の天皇抗議行動なんて決まっていない行きあたりばったりの市民団体としては、「次は○○日にやるよ」なんて応えてあげることができなくて申し訳なかったです。あとで仲間に聞いた話では、中学生もいたとか。この出会いが、いつかどこかで、この子たちの人生にとって良い出会いとして思い出されるといいな。
 行動の参加者は、10人くらいでした。いつも見かける権力の姿はなく、一人だけ「あんたたちは日本人として恥ずかしくないの?!」と叫んで去っただいぶ年配の人がいましたが、福岡の天皇抗議は穏やかに始まって終わりました。寒い中、本当にお疲れさまでした。

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※ブログ「福岡市民救援会」より転載します。

ベトナム実習生リンさんの無罪のために。
http://blog.livedoor.jp/fukukyuen/archives/56460495.html

 ヒソカです。

リンさんは1月31日に上告しました。最高裁での闘いとなると、わたしたちにできることは限られてきますが、中島眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)さんから、取り組みへの協力のお願いがきています。どうぞよろしくお願いします。

****拡散希望****

2月の3連休をいかがお過ごしですか、
リンさんの刑事裁判については、2022年1月19日の福岡高裁での控訴審判決
および最高裁判所への上告(2022年1月31日上告状提出)により、
まだまだ端緒ですが、全国的かつ国際的な広がりが感じられるようになってきました。

今後の最高裁へ向けたリンさんの無罪判決を求める取組み(2022年3月31日まで)へのご協力をお願します。
1.最高裁判所へも無罪判決を求める署名
2.最高裁判所への意見書の公募

コスタカー外国人と共に生きる会のホームページに以下の新着記事を掲載しています(拡散をお願いします、)
コムスタカNEWS新着記事

2022年2月9日
[a:http://www.kumustaka.org/TITP/2022.2_2_TITP.html]ベトナム人技能実習生リンさんの無罪を求める署名のお願い(最高裁提出)
2022年2月9日
[a:http://www.kumustaka.org/TITP/2022.2_1_TITP.html]ベトナム人技能実習生リンさんの最高裁上告審での無罪判決を求める取り組み
2022年2月2日
[a:http://www.kumustaka.org/TITP/2022.1_2_TITP.html]ベトナム人技能実習生リンさん刑事裁判控訴審判決
2022年2月1日
[a:http://www.kumustaka.org/TITP/2022.1_1_TITP.html]2022年1月15日 ベトナム人技能実習生リンさんの無罪判決を求める支援集会

 2022年2月5日きょうは、明治大学生協労働組合(明大生協労組)の闘争に参加しました。2002年に明治大学は明治大学生協を解散させました。生協労働者は全員解雇されました。詳しくは下のほうのチラシをご覧ください。

 明治大学には生協の解散を求め、解散させた責任があります(裁判での証言で明らかになっています)。20年、争議を闘う明大生協労組は、明治大学に対して争議の解決を求め、入学式や卒業式など様々な場で、協議の申し入れをしてきました。しかし、明治大学は、明大生協労組に対して、情宣禁止の仮処分命令・間接強制などの攻撃を行いました。違反したら罰金です。特に入試会場での情宣に対しては、労組のマイクと労組旗をその場で取り上げ一時保管するという攻撃を行っています。マイクも旗も入試会場付近では使わせないのです。
 きょう、全国で明治大学の入試が行われていますが、福岡市内での入試会場付近での協議申し入れ情宣がありました。わたしは昨年はサボりましたが例年参加してきました。いつも朝早く8時前から集まって、雪が降る中での闘争です。

 会場手前につく前から大勢の出待ちに迎えられました。マイクと労組旗を奪う裁判所執行官、明治大学関係者、ビルの警備員に、たくさんの公安刑事たち。わたしたちが到着するとすぐに執行官がやってきます。
明治大学は争議を解決しろ!
明治大学の生協つぶしを許さないぞ!
労組潰しを許さないぞ!
雇用保証で20年間の長期争議を解決しろ!
明治大学は弾圧をやめろ!
ビラまき禁止を許さないぞ!
裁判所は弾圧に加担するな!

など、24のシュプレヒコールを叫んだあと、マイクと労組旗を取り上げられました。

マイクと明大生協労組の旗はダンボールに入れられました。この保管は一定期間で終了し、取りにいかねばなりませんが、以前に保管していた会社が旗を紛失し、明大生協労組と福岡地区合同労組で損賠請求を行い、勝ったことがあります。
 そのあとは、福岡地区合同労組の旗を掲げて、明大生協労組当該が肉声で抗議を行い、他のメンバーはチラシまきをしました。会場に向かう受験生や保護者へのアピールであり、どこにいっても明治大学を逃さないぞというアピールなのです。

明治大学よ、まだまだ続けるのか?!
早く、争議を解決しろ!労働組合は諦めないぞ!

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