鍋に火をかけて水が沸くのを待ちながらこれを書き始めた。

今日は昼間ネット中継で母校の野球の試合を観戦してから、草野球に行ったものの、途中から豪雨に見舞われて半分ぐらいの時間で撤退した。

 

家に帰って適当に身体を乾かしてから、スーパーに行って鶏肉とシラタキを買って、元々鍋に用意してあった白菜やらブロッコリーやらネギやらにぶち込んで火にかけて今に至る。

 

スーパーから戻る途中、この辺の子供会の夏祭りをやっていて、小さな広場の真ん中に建てられた櫓に自分の子供の頃を重ねたりした。浴衣を着て嬉々として水色に沈み始めた空の下のアスファルトを歩いていた同い年の従姉妹がいたな、などと思い出して、いまはどうしているか、大人になってはどうしても相容れないになり変わったのだろうなどと思った。こういう天気の日は気圧のせいか色々なことを思い出すことがある。

 

思い出す、気圧、といえばスーパーに行くときに車でかけた曲が、前にも書いた境界性人格障害の診断を受けていた彼女の好きな曲だった。これも変なもんだなぁ今日は、などと思いながら、そういえばあの頃はこの歌手の曲の歌詞を一つ一つ彼女の精神状態と重ね合わせて分析したりしたもんだと思い出した。どうにもあの人には斜め上から自分を見つめる別の自分がいるような、あるいは自分にはないものをすべて持つ幻想の自分を追いかけているような、そんなところがあったのではないか、そういうことをその歌詞からみた。鍋に野菜を詰めている時、鍋の大きさに対して野菜が多すぎたのか、最後に押し込もうとしたブロッコリーがどうしても形が歪ではみ出てしまって、それをみた時にも不意に彼女を思い出したりしたものだから、気圧の低い日ってのは何ともはや、という。ちなみにこの段落がつらつらとこんなに長くなってしまっているのは、今も書きながらその手の曲をかけて聴いているからだと思う。

 

その彼女と併せて思い出したわけではないのだけれど、例の退学を仄めかした一年生の女子学生(通称メンヘラちゃん)に、この間「なんとか今学期もったな」と声をかけてみた。その科目が今学期最後の日だったから、まあ頑張ったんじゃないすか、と労うつもりで。そうしたら彼女は、

「もってると思いますか」

と笑いながら答えた。

要するに「まだ辛いっすよ」と言いたかったのだろうが、その瞬間はその真意がわからず「そうかそうか」とだけ返してやった。辛かろうが辛くなかろうが、大学を辞めるといっていた人間がとりあえず今学期は最後の日までたどり着いたのだから僕の言った「今学期もったな」は間違っていなかったと思うのだけれど、おそらく彼女にすれば一度辞める騒ぎをした手前「まだ辛い」と言わざるを得ない部分もあるのだろう。それか、めっちゃ辛いけど頑張って来ているか。どっちでもいいけど。

 

メンヘラちゃんといえば、自分のゼミに一人卒業を控えた強烈なのがいて、上述のメンヘラちゃんと同様、やはり入学して間もない3年前の5月ごろに泣きながら「辛いです」と言ってきた。別にこれが特別なわけではなくて、僕からすると女子の多いうちの大学では5月から6月ごろに一年生が目の前で泣くのはもう風物詩みたいなもので、理由は友人関係であったり元々心の弱いであったり様々だったりする。だから気がつけば女性の涙には滅法強くなり、目の前で泣かれても「いいっすよ、毎年一人くらい泣いてくれるんで」と言ってしばらく待っていたらやっと話ができたりする。対話を完成させるための儀式みたいなもんだろうと思う。

 

それで、そのゼミ長ちゃんは一年生のこの頃、かつてHSPと診断された話やリストカット歴などを告白してきたのだろうけれど、その頃すでに境界性〜の洗礼を受けていた僕にはちょっと強めの、前髪がなびく程度の風が吹いたぐらいにしか思わず、適当に心の敏感そうなところをつついてもう一度泣かして多めに喋らせて、要点だけ記録を残しておわりにした。2年経って彼女がうちのゼミを志望してゼミ長まで申し出た時には内心でめんどくせえな、と思いつつも、他のゼミ生も大抵問題ありだったので適当に承諾した。

 

あの時「めんどくせえな」と思ったのは間違いではなかった、というよ思ったのは先週のことだ。

前から飲みに行きたいといっていたので、同学年のゼミ生を招集しなさい、と言ったら彼女は仲の良い一人だけを誘い、挙句そいつも前日になって来られないと言ってきて二人で飲むことになった。コンプラ的にも最悪だなと思ったものの、16時開始の明るい時間だし、コソコソするより敢えて人目につきやすい場所にしてもらおうと調布の居酒屋に行った。結局彼女は、2時間の飲み放題でレモンサワー的な赤ちゃんの飲み物でベロベロに酔いこちらを興醒めさせると、自ら自身の性事情を語り出し、最近彼氏と別れた話や、同じゼミの男と一時期付き合っていたが別れた後もしばらく関係を持っていた話などを語り出した。それから、

「最近気づいたんですけど、私メンヘラみたいなんですよ」

と言ってびっくりしたので、

「いや、絶対そうでしょ、いま?!」

と咄嗟に返してしまった。

店を出てからもまだ明るい調布駅のロータリーに座り込んで動かなくなった。水を買ってきて飲ませてやるとふらふらと歩き出し、道路傍で盛大に吐き、

「先生に介抱されるなんて最悪だあ」

と叫んでいた。

でしょうね、恥ずかしさで大学辞めないことを辛うじて祈っていますよ、辞めても構わんがと心のなかで思いながら、めっちゃ優しい声をかけてやった。もう何言ってもフォローにならんだろうけれど。

 

彼女はパルコのトイレに行き、こちらはなぜか出てくるのを待つ羽目になり、最後は駅に押し込んでやった。店を出てから吐いてトイレに行き、駅に押し込むまでの間、何度もホテルに誘われた。帰りたくないだの、どっか泊まりたいだの、どっかないかだの。

その都度「電車で一本だろうが、帰れ」と一蹴した。お前は誰でも良くても俺は誰でもよくねえし、まず全然タイプじゃねえし、怖いし、キモい、という本音はここでは押しとどめて、その後一人で行ったスナックでぶちまけた(でもこの時点でスナックが開いている時間ではなかったので一頻り調布を散歩した)。

 

彼女にとってあの日が今学期最終日だったのは吉だったのか凶だったのか。すぐに会う機会があれば謝るなり気持ちを挽回できたのだろうが、彼女はこの失態を心に抱えたまま夏休みを過ごすのか。それとも、夏休みで会わなくてよかった、という判断なのか。それからこの流れで後期、あいつは卒業論文を書けるのか。どうでもいいけど、俺悪くないし。