特殊な配付食料と言うと、わたしが真っ先に思い出すのは今から50年も前、1969年7月20日に行われたアポロ11合の月着陸である。
 当時は着陸までの様子が全世界に同時放送され、日本のテレビでもアポロほぼ一色状態であった。そんな中でわたしもそれからしばらくは、親にアポロ宇宙船のプラモデルをねだったものである。
 そんなテレビ番組の中で、アポロ宇宙船の宇宙飛行士と同じものを食べてみようというコーナーがあって、いわゆる宇宙食を試食していた。
 どうやらお世辞にもおいしいものでは無いらしく、評判はよろしくなかったが、パウチされた固形物質に水を加えそれをもみほぐすことで飲み込むようだ。それを見て、どこか未来的だと思ったものである。
 宇宙食はミリ飯に比べても一般人が食べる機会はほとんどない。軍人に比べて宇宙飛行士の絶対数が少ないこともあるが、宇宙食とミリ飯では一食にかかるコストがかなり異なるからだ。
 宇宙食の目的としては必要最低限度の栄養素とカロリーを与える事で、なおかつ軽量でなければならない。宇宙船に搭載する物品は限りなく軽くする必要があるからだ。
 アメリカの宇宙開発で言えば、人工衛星でも有人衛星でもソビエトに先をこされていた。アメリカの威信をかけて何とか衛星を軌道上に投入したくても失敗の連続だった。
 そこで二次大戦時にドイツのV2ロケット開発にも携わっていたフォン=ブラウン博士を招き、そこでようやく人工衛星のエクスプローラーが打ち上がる。次が有人飛行だが、マーキューリー計画と呼ばれたそれは、当時を鑑みてもかなり乱暴なものだった。
 弾道ミサイルの先頭に小さな友人カプセルを付けて、その中に宇宙飛行士を押し込める。カプセルのハッチは外側からしか開閉できず、打ち上げられればほとんど身動き出来ない。
 当初は飛行時間も短かったが、打ち上げが進むごとに滞空時間も長くなる。食事はともかく排泄については宇宙服の中におむつを着用したようである。
 ここで登場するのが宇宙食なのだが、例の栄養素・カロリー重視、軽量というコンセプトのもとに味覚は置き去られていったのだ。
 やがて二人乗り宇宙船による基礎実験が行われる。ジェミニ計画の宇宙船はマーキュリー宇宙船より大きく、登場している宇宙飛行士による操縦も可能となっていた。
 また飛行士の行動も自由度もあがり、自ら船外に出ることもできた。
 ただ、宇宙食についてはあまり進歩がなかったらしく、宇宙飛行士にも不評だったようである。
 そこで宇宙飛行士のジョン=ヤング氏は、船内に市販されているチキンサンドを持ち込んで大問題となった。宇宙船の中は機材などが過密状態に収められており、一部の機材は配線などがモロ出汁になっている。サンドイッチの細かい破片がそこに入り込んでショートでもしたら帰還できなくなる。
 ただ、宇宙飛行士が食事について不満をもっていることは上層部にも充分知れ渡ったようだ。
 SF作家であり翻訳家でもある野田昌弘氏はアメリカの宇宙開発にも関心をもっており、スペースシャトルの取材時にヤング氏にこの話を聞こうとおもったようだ。ところが逢ってみるとまるで野武士のような鋭い眼光に恐れ、結局聞き出すことはできなかった。
 宇宙食の不満の中で味以外に不評なのはかみ心地が全く無かったことだ。ドライフーズの食料は注水することでペースト状になり、水分も同時に摂ることができるが、確かに歯ごたえは全く無い。
 それを不服に思った飛行士の一部は、ビニール片を持ち込んでそれを噛んでいたという。日本人ならさしずめイカの燻製をずっと噛んでいるようなものだろう。
 ただ、アポロ計画においても一部改良を続けていたが、それでも搭載量の限界があってその制限を外すことができなかった。
 その後、スカイラブ計画、スペースシャトル計画と進むうちに、ある程度食事を行っていると言う形式に近づいているようである。
 スペースシャトルでは一食をワンプレートにまとめており、それに注水・加熱することで簡易的な食事が行えるようになっている。
 メニューも増えているし、追加の調味料も添付されるようになったようだ。
 これが国際宇宙ステーションになると、参加して居る国々の名物料理も宇宙食として搭載されるようになった。日本のラーメンや焼き鳥などが有名なところだろう。
 ただ、宇宙食にするにあたり、匂いが激しいものは持ち込めず、スープ類などはパッケージの中にストローを入れて吸い出す形になっている。ほぼ無重力の状態なので、水分が浮かんで飛び散るのを防ぐためだ。

 これらの宇宙食については、日本でも専門の機関が一般人に向けて販売しているようだ。
 結局、人間は食べ物を得ないと生きていくことはできない。さすがに三大欲求にはなかなか勝てないわけだ。
 今後アルテミス計画では日本人が月面に降りることも決まっているようだが、月面ではどのようなものを食べるのだろう。
 月から見る青い地球を背景に、お月見団子でもいただいてはどうかと思うのである。

 次回は、盲人の必須アイテムについて再度考えたい。