29日間の入院生活において、その食事内容を記録しているとメニューがそこまで重ならないのだと感心させられる。
 実は4月1日より食事の配給会社が変更になったのだが、献立的には変化があっても味は変わらないように思えた。
 一部の患者さんには量が少ない、味が悪くなったと不評のようだが、わたしは舌が肥えていないのでそこまでは判らない。量も感じるほど変化があったと思えなかった。
 具体的なメニューを考察してみると……
 パン食の場合、食パンかバターロールのどちらかで比率は6対1程度、そこにマーガリン、マーマレード、イチゴジャム、リンゴジャムのいずれかが添付される。
 ごはんが主食のときには白米と雑穀米、4月1日より雑穀米が麦飯に変わる。ときどきビビンバ丼、牛丼、キーマカレーなどに変化していた。あとスパゲッティ・ナポリタンが一度だけ出ていた。
 おかずは本当に多種多様である。記録には「焼き魚」とだけ書いてあるが、魚の種類はカレイ、サバ、サケなど他にも名前がわからなかったが別々の魚が出ていた。
 同じおかずが出てきたのは朝食くらいだろう。朝食の献立は二週間程度、昼と夕食は4週間でも同じ物はほとんど出て個無かった。
 昔は病院食と言えばまずい代名詞的な存在だった。ただ、わたしが初めて入院した25年ほど前の段階で、糖尿病食でもそれなりに食べられていた。
 以前も書いたが刑務所と入院生活の類似点の中で、良く似ているのはこの食事だろう。基本的にメニューを選ぶことはできないしおかわりも無い。
 どちらもそれを食べる人の栄養価を考え、必要なカロリーと栄養素を過不足なく配給する。刑務所では三割程度の麦飯が主食となるようだが、おかずも和食テイストであり、刑務所に入ってから健康になる集塵も多いと聞く。
 昨今言われていることに、白すぎる食材は毒物に近い。例えば全てのぬかを取った白米、同じく小麦粉、真っ白な砂糖(ショ糖)、食卓塩など。
 白米だけを食べ続けると脚気になるのは江戸時代からのものだ。米の中の多種多様な栄養素はぬかに含まれており、米粒本体にはほとんどの炭水化物とわずかなタンパク質しか含まれていない。
 それでも江戸の庶民が白米を食べたのは、江戸っ子の息というものもあるが、調理にかかる時間の短縮も大きい。
 玄米は浸水に11時間ほどかかり、それをかまどで炊いた場合は白米の倍近くの時間がかかる。白米は冬場でも1時間程度で浸水できるし、30分もあればたける。それだけ燃料費が節約できるし、火事も未然に防げるわけだ。
 今の世の中では発芽玄米などがあり、炊飯器も発達したので白米も玄米も麦飯もそこまで考慮する必要無くたくことができる。むしろ流通数を考えると麦飯は贅沢品になるだろう。
 ところで、こういう食事の配給というと、もう一つの職業を考えなければならない。それが軍人さんの食事、いわゆるミリ飯だ。

 日露戦争当時、戦死者の3文の1は死因が脚気であったという。これは戦場などで支給していたのが白米だったからだ。
 何故に麦飯ではなく白米だったかと言えば、地方から招聘された男たちは「戦場に行けば、銀シャリを腹一杯食べられる」と聞いたのに、どうしてそこに馬の飯である麦飯を食べねばならないのだと文句がきたらしい。
 食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、結局それで死んでしまっては元も子もない。そこでそれ以降では白米の代わりに麦飯がでていた。
 戦場の食事となると、ろくなものしか食べられなかったと思われがちだが、陸軍と海軍ではそれなりに異なっていた。特に海軍の戦艦に乗船していると、それなりに贅沢なものが食べられたらしい。
 戦艦大和では大和ホテルと言われるほどの調理設備を持っており、陸軍に比べて西洋食に寛大だったこともあってオムライスなども食べられたそうだ。
 陸軍の歩兵でも戦場食としては米や味噌などが配給されており、飯ごうを使ってそれをたいていたようである。日本だと兵站は無視されがちだが、何かを食べなければ戦えないのも事実だ。
 そんな中、まずいミリ飯で有名なのはアメリカ軍のものだったらしい。第二次大戦やベトナム戦争当時ではMCIという缶詰が中心の配給食があったが、メニューのバリエーションは少なく、とある理由でわざとまずく作られていたという。
 あまりにうまく作ると、配給した食糧を食べきってしまい、下手をすると奪い合いになる。それでもあまりに評判がよろしくないので、レトルト形式のMREができたそうだが、それもカロリーは取れるが何とか食べられる程度と、今でも改良は続けられているという。
 わたしは学生の頃、アメリカ軍の放出したMCIを一度食べたことがある。大きな缶詰のなかはベーコンと豆のトマト煮込み。いかにもアメリカ食というもので、暖めて食べたが大味だったのを覚えている。
 小さな缶詰の中は、そこにぎりぎりで収まるロールケーキ。これも甘さだけが目立っていた。大きな缶詰は主食となるのだが、それは当初3パターンしかなく、朝昼晩と全く同じパターンで食べていたようだ。
 それに比べると自衛隊のミリ飯はなかなかの評判のようである。ただ、アメリカ軍人に言わせると分量が少な過ぎるそうだが、一日の総カロリーは3000キロカロリーを想定しているという。
 わたしの病院食は2100キロカロリー、身長181センチメートルで75.0キログラムの男性として、あまり運動を行わず基礎代謝を保てるのにその程度だから、成人男子の1.5倍程度は食べていることになる。
 病院食があまり目立たないのに対し、自衛隊のミリ飯では災害派遣された場合に、避難されている方々にとりあえず配給するために持ち込まれることもあって、それなりにレポートもされている。
 それ故に誤解もある。被災地の方々に向けて、ミリ飯の赤飯の缶詰を渡したところ「何が目出度いのか」と避難者の一部から苦情が出たという。
 結果、自衛隊は赤飯の缶詰を辞めてしまった。言っておくが自衛隊の方々は戦闘のプロであって、赤飯を食べるのにもしっかりとした理由はあるわけだ。
 まず赤飯にはうるち米以外に餅米も含まれており腹持ちが良い。そしてあずきには栄養分が含まれている。
 江戸時代に脚気の治療には、あずきを砂糖無しで煮たものを食べていたそうだ。そこを丁寧に説明すればよかったのだろうが、避難されている方々も心労があったのだろう。ただ、廃止はとても残念に思う。
 入院中においても食事の話となると、ヒマを持て余している患者さんの中でも賑わうようである。
 次回は、もう一つの配給食について考えたい。