晴眼者が完全失明者、いわゆる盲人の感覚をシミュレートするのは意外とたやすい。遮光性の高いアイマスクを着けることで視界を遮断できるからだ。
 盲導犬のトレーナーは犬の教育の最終段階で、盲人と同じ状況になって犬の誘導が正しいかどうかを判断するという。その時にはアイマスクを着用して視界を防ぐそうだ。これは目隠しなどでも普通に体験できるが、あまり長時間目隠しを行った後に、どんな後遺症がでてもこちらは責任を取らないのであしからず。
 視覚に比べて聴覚や嗅覚は遮断するのが難しい。聴覚は耳栓を使用するか、それにオーバーヘッドタイプのノイズキャンセリング機能を利用すれば音が伝わらない状況にできるかもしれない。
 嗅覚は自分で防ぐのがかなり困難な感覚である。一時的に鼻孔をフィルターするしか無いが、匂いは口からも入って鼻孔に駆け上がる。どうしても呼吸とセットでこの感覚は伝わるために、長時間の遮断は行えないのかもしれない。
 実は視覚障害でも視野欠損、視野狭窄、色識別異常など、完全に見えて折らず一部だけが見えない状態を作り出すのはそれなりに厄介だ。視野の一部を隠したメガネを着ければ視野欠損状態を作り出せるが、眼球が動くことで欠損している部分は変化する。コンタクトで対応すれば何とかなるかもしれない。
 感覚器官の機能異常を一般車が体験することはできるが、身体的な欠損については体験することは難しいだろう。
 例えば右腕を肩から切断された方の状態を、一般人が体験する場合は右腕を身体に固定して動けなくするしか無いが、ここでも右腕という身体においてそれなりの重要物を失ったバランスをどうとるのかを体験するのは難しい。
 わたしの実体験であるが、右足の小指は中子骨をふくめて切除したために、足の幅が1センチメートルほど狭くなっている。
 切除手術を行うまで、足の小指は無意識にタンスの角にぶつかって激痛を発生させるお邪魔な存在程度に思って居た。だから切除してもそこまでの影響は無いと思っていた。
 ところが小指だけで無く足の外側にかかる肉をそぎ落としているために、体重が右外側にかかるときにそれを止めることができない。身体が右に統べるのである。
 剣道などで竹刀を持つとき、手の指の中で一番力をこめるのは小指だという。足にもそれが言えるのかもしれない。小指は外側にと荷重移動する体重を踏ん張っているのかもしれない。
 恐らくこの感覚が正しく共用できるのは、わたしと同じように小指と側面の肉が無くなった方々だけでは無いだろうか。わたしにリハビリを行って居た方々も、頭では何となく理解できても、その感覚までは伝わらなかったかもしれない。

 だからと言ってリハビリ担当者に手足や指を切り落として体験しろというのは暴論である。医師が自分が治そうとする病気などを体験しておかなければならないということは無いからだ。
 患者としてもそんな病気だらけの医師はちと勘弁という所だ。
 常にヘリコプターから降りてくることで有名な、美容外科の高須クリニックの高須委員長は、美容整形の手術を自分で行って体験しているという。そこでメリットやデメリットを調べているようだが、これは特殊な例だろう。
 では身体の一部が欠損した患者の実情は、それを治す医師やリハビリ担当者にどう感じてもらえれば良いのだろう。
 これは実感している患者が、状況を言語化して詳しく伝えるしか無いと思うのである。
 三年前に右足小指を切除した後、傷部分の治りをよくするために透析治療と併用してレオカーナという処置を行った。
 これは血液中のLDLコレステロールを除去することで血流をよくするものである。方法としては透析とよく似ており、ダイヤライザーのかわりにLDLコレステロール吸着フィルターを介ふるものだ。
 透析に3時間、レオカーナに2時間で連続して行う。透析患者の場合は透析プロセスの延長で行えるが、シャントなどが作られていない患者の場合は、頸静脈へのカテーテル留置などで対応するしか無いのでやや面倒である。
 このレオカーナ、三年前の状態で保険適用から半年程度、下北沢病院でも導入事例がわたしで4件目であり、データがあまりとれていなかった。
 前例の3名についても二人は高価があったように思えるといい、一人は全く変化が無かったと言っていたそうである。
 かくゆわたしはレオカーナがはじまって身体の変化を実感した。そしてどんな変化が起きているかをなるべく詳しく伝えたつもりである。
 治療中にどんな変化が起きているのかを言語化するのは、大学病院に長く入院した経験からくるのかもしれない。
 大学病院の場合は先進的な治療を受けられるが、その高価に対して大学として共有するという契約書を交わすことになる。
 そして治療段階についてもインターンや経験の浅い医師などにも提供することを約束する。なので、どんな状態にあるのかは、なるべく詳しく伝える必要があった。
 もちろん、何も話さないこともできるが、自分の状態を詳しく説明することで、医師も次に何を行うべきかの選択肢が現れると思うのである。
 患者は病気を治される立場であり、入院してしまうと何もできないと思われがちだが、十分な情報の伝達はあるしゅの患者のできることだと思うのである。
 医療スタッフとのコミュニケーションは大切である。
  わたしは患者同士のコミュニケーションはそれほど必要無いと思うが、職員のみなさんとはなるべく有効な関係を結べればと思っている。
 それがお互いのWin-Winの関係であると思うのだ。

 次回は、入院前の心得について語りたい。