人工透析を始めてしばらくすると、腎臓が機能をほぼ停止して尿がほとんど出なくなる。
 全く出ないわけでも無いのだが、たまに思い出したようにちょろりと出る程度だ。なので逆に出ると驚くほどである。何回も書いているが、人工透析は尿が出なくなって殻が本番であり、ウワサに聞く水分制限との戦いが始まるわけである。
 火木土の透析の場合、火曜から木曜、木曜から土曜までの体重増加はドライウエイトの3パーセント、土曜から翌週の火曜までの増加は5パーセント以内に抑えれば、透析時の心臓に大きな負担がかからないと言われている。ドライウエイトが40キログラムなら3パーセントで1.2キログラム、5パーセントで2キログラムだ。
 尿が出なくなってからの身体は、外部から摂取した水分も、体内で代謝した水分もほとんど外に出ない。一部は汗や呼吸時に水蒸気として外部に放出されるが、よほど激しい運動をしないとそこまでの水分は消費しないし、透析患者にそこまでの激しい運動は危険である。
 そうなると、食事を行う場合でも、今までとは少々異なる観点で見ることになる。
 つまり、今の食事で何グラム食べただろうと言うことだ。
 料理の種類にもよるが、水分を含んでいないものはほとんど無い。例えばカンパンなどは水分をほとんど含んでいないために凍結することもなくほとんど腐敗も起こらないが、それゆえに極寒の北海道での自衛隊の戦時食料として優秀だそうである。
 料理に含まれている水分は、消化の段階で体内に吸収されるが、ある一定以上の水分は老廃物と一緒に体外に放出される。そして残りの残骸は便として体外に出るために、体内に残る重量はさほど多くない。
 透析患者の場合は水分がまるまる残ることになるために、料理の種類や分量によって、体内に残留する重量を気にしなければならない。
 例えば白米を炊いたごはんが300グラムある。これのもとの米は150グラム、水分が170グラムとして炊き上げた痕の水分含有量は150グラム程度になる。つまり白米300グラムを食べれば体内には水分150グラムが残ることになる。
 中一日の透析の場合、次の透析までの食事回数は6回、毎回ごはんを300グラム食べたとすると、ごはんからだけで900グラムの水分が体内に残る。
 もちろん食事には汁物やおかずも含まれる。透析患者が入院すると、食事に汁物が出なくなるのは、ごはんなどに比べても水分含有量が多い汁物を摂れば、それだけ水分が体内に残るからである。
 水分制限というと飲み水の制限ととらわれがちだが、飲み水としての制限がわりに判りやすいのに対して、食事に含まれる水分は見落とされがちになるようだ。
 わたしが大好きな、サッポロ一番塩ラーメンの袋麺を調理したとしよう。具材は溶き卵とスライスの焼き豚でそれぞれ50グラムだ。
 基本的な調理方法は500グラムの水とで100グラムの乾麺を茹でる。途中で水分の一割が蒸発したとして、できあがった重量はおおよそ650グラムになる。これを汁一滴残さずに食べると、乾麺には水分がほとんど無いが、茹でた水分が450グラム、具材の半分が水分だとすると500グラムの水分が残ることになる。
 これを6回繰り返すとラーメンだけで3.0キログラム。これは他の水分を全く摂らない場合なので、これに飲み水を加えるとかなりの増加量になるだろう。
 ここでは水分しか説明していないが、他に取り過ぎたらいけない栄養素、リンとカリウムに塩分もある。特に塩分を過剰摂取すると身体はより水分を求めることになり、5パーセントの制限は軽く突破してしまうわけだ。

 こう書くと何とも面倒だが、実際に面倒であり人工透析が嫌われる条件と言える。
 それだけ体内の腎臓がどれほどの役目を背負っていたかの証拠である。一応腎臓は一つでも残っていればその役目を果たせるのだが、予備も含めて二つが並列に稼働している。
 これは糖尿病で起きる合併症に言えることだが、腎臓の障害も視力の低下も、二つある器官が同時にダメージを受ける。これは毛細血管へのダメージがきっかけになっているために、限界を超えた時点で全ての機関が障害を発生するわけだ。
 慢性腎炎の完全治療は今の所腎臓移植のみである。資料によっては各種透析も治療に含まれるが、あれは病状が回復するわけではないのであくまで延命である。
 日本では移植はそれほど無いために、生存するためには透析を透析をうけるしかない。自由診療ではいくつかの腎臓温存療法があるようだが、健康保険の適用外になるために、治療には高額な治療費が必要になる。
 わたしはどちらかといえば貧乏な生活をしており、ほとんど選択肢は無かった。ならば絶望して透析を行うしかないのかと問われれば少々異なる。
 日本が保険というシステムでわたしにも生存の機会を与えてくれている。ならば、この機会を十分利用し、できうる限り生きていこうと思っている。
 飲食に関する制限も一種のゲームとして捉える。どれほど食べてどれほど飲むと造花体重はどれほどになるかを毎日試しているのである。
 そして答え合わせは透析前の体重測定だ。ここで予想通りの体重になっていればわたしの勝ち、違っていれば透析中に反省会を行う。
 どうやらあまり長持ちしないというシャントも、どれほど使えるかに挑戦する。そうやって透析自体を行うことにあまり精神的な不安は無くなっている。
 これがどれほど行えるかは判らないが、世の中にはこんな透析患者がいることを覚えて頂ければと思うのである。

 次回は、旅客機の客室にペットを持ち込むことについて考えてみたい。