「ねえ、おじいさん。聞きたいことがあるの」
「ほほう、ハイジ。どんなことでも聞いて遅れ」
「海は死にますか?」
「へ?」
「山は死にますか、春はどうですか、夏は死にますか?」
「……今日の晩ご飯はまだかのう」

 茶番は良いとして、ChatGPTが話題である。いわゆる会話型AIと言う者で、わたしたちのような世代の者からすると人工無能と言う言葉が思い出される。
 実際の所学習するデータが多いために、その会話は自然に、いろいろなジャンルに関してわりにまともな答えが返ってくる。
 ただ、正確な情報だけを学習している訳では無いので、たまに頓珍漢な応えも帰ってくる。政治家の鈴木宗男氏が自分のことを訊ねたら「以前は共産党の政治家だった」と応えられてきれたそうだ。確かに最近ではロシア関係での発言で注目されているが、以前は過激な自民党政治家である。まさか共産党の政治家と言われるとは思わなかったのだろう。
 そんなわけでわたしも利用登録を行い、盲人に関して質問してみた。

Q1.「日本での盲人の扱いはどうか」
A1.「日本では、盲人や視覚障害者のために様々な配慮がされています。以下は一例です。
・バリアフリーの整備:駅や公共施設、商業施設、公園など、多くの場所で段差の解消や手すりの設置、点字ブロックの敷設など、バリアフリー化が進められています。
・誘導犬の認可:盲導犬や聴導犬は、公共の場において認められており、飼い主と一緒に出かけることができます。
・点字ブロック:歩道や横断歩道には、盲導犬や盲人が歩きやすいように、点字ブロックが敷設されています。
・補助具の支援:盲人には、白杖や点字ブロックのマップ、音声案内装置など、様々な補助具が支援されています。
・読み上げサービスの提供:新聞や書籍、雑誌など、盲人向けに音声化された読み上げサービスが提供されています。
・雇用の支援:盲人には、職場での配慮や就職支援など、雇用に関する支援があります。
 日本では、盲人に対する配慮が進んでいると言えますが、まだまだ改善の余地があります。より一層の配慮や理解が求められています」

Q2.「日本での盲人差別の現状について教えて」
A2.「日本における盲人差別は、依然として存在しています。以下は、その具体例です。
・建物や公共交通機関でのバリアフリーの不備
 日本では、公共施設や交通機関においてバリアフリーの整備が進んでいますが、まだまだ課題が残っています。盲導犬の同伴が認められていない場合や、階段にしかエレベーターがない場合など、盲人にとって利用しにくい環境が存在します。
・就職や教育における差別
 盲人が就職や教育機会を求める際に、差別を受けることがあります。就職面接で、視力の問題を理由に不採用になったり、教育機関で必要な支援を受けることができなかったりすることがあります。
・周囲の偏見や無理解
 盲人に対する周囲の偏見や無理解も、盲人差別の原因となっています。盲人は自立して生活できない、助けが必要な存在と見なされることがあり、社会的に孤立することもあります。
 これらの問題に対して、日本では法律や条令、規則によって盲人差別の禁止が定められていますが、実際には十分な対策が取られているとは言い難い状況です。盲人差別をなくすためには、周囲の人々が盲人に対する理解を深め、バリアフリーの整備を進めることが求められています」

 なるほど、公共的な質問については、まともに思える答えが返ってくるようである。あまりAIとの対話を書いても文字埋めに思われそうなのでこれまでとしておくが、面白い回答が出てきたら随時のせたいと思う。

 ところで、冒頭に出てきた人工無能をどれほどご存じだろうか。
 人工知能・AIについては過去、何回か話題になったことがあった。
 わたしが直接携わったことは無いが、流行りに従ってlispというコンピューター言語でプログラムを組んだことはある。lispはList Processorの略であり、高水準コンピュータ言語としてはFORTRANに続く二番目の言語だ。
 フォートランが数式をより自然に扱うための言語であるが、lispは記号処理などを記述するのに有利な言語である。その詳細を解説するときりが無いが、今でも人工知能関係の開発言語として使用されている。
 ただlispを用いてもFORTRANと同様の手続き型プログラムを組むことができる。用は使用する人間によって普通のプログラムも人工知能系列のプログラムも組める、わりに便利な言語である。ただ記述方法に一部難があり、やたら括弧が多くなる。プログラムとデータに境界が無いなど、ある程度の慣れが必要な言語だ。
 そのlispを用いた学習型会話言語があり、人間とプログラムが会話を繰り広げて知識を獲得し、以後の会話に反映させるというものがあった。
 ただこれらのプログラムは知識量が少ないために、会話はできても話題の広がりが極端に狭くなり、最終的には
それには応えられません」一辺倒になる。
 こんなものは知能ではなく無能だということで、会話型AIはもれなく人工無能と呼ばれたものである。
 それにくらべるとGPTは会話がスムーズに繰り広げられているように思える。ここは質問をどのように理解し、それを知識データーベースからどのように引っ張ってくるかが有能なのだろう。
 GPTが結果と返す知識についてはインターネットで得られる情報を入力元とすれば、機械学習でもかなりの物量になるだろう。とりあえず成否は別としてウイキペディアの全てのページを取り込めば、ある程度の情報には応えられるはずである。
 ちょっと怖いのは、GPTの返答がそれなりなので、内容を精査せずに信じてしまうことかもしれない。件のウィキペディアでも間違いは多いのである。
 参考程度にはなるのだろうが、これがそのうち絶対の応えになるのが問題と成る日も近いのか。
 AIについては語りたいことがいくつもあるので、以後も定期的に話せればと思う。

 次回は今年初めての冷やし中華調理レポートである。