目が見えていた頃、ハムスターを飼育するアプリをフューチャーホン向けに作って居たが、開発人員があまりに少ないためにわたしはプログラマとサーバー管理だけで無くカスタマーサービスも行って居た。
 いわゆるお客様の苦情受け付けというものである。
 携帯電話がターゲットなので苦情受け付けはメールが主だが、音声通話の電話受付もあり、それもわたしが対応していた。一応正社員という事もあり、営業日以外の受付は行って居なかった。
 そもそも電話で苦情を伝えるお客様はさほど多くなかった。一番登録会員数が多いときにも5万人には達していなかったコンテンツである。一週間に一度程度問い合わせがあれば良い方だった。
 なのでほとんどはメール対応になるが、ここでちと問題が。メールをいただいたお客様が、コンテンツのどのユーザーと対応するのかを判定する方法だった。
 メールだからメールアドレスで判定すれば良かろうと、今のスマートホンユーザーは思うかもしれない。ところがフューチャーホンではお客様認識にメールアドレスを用いていないために、それでは特定ができないのである。
 三つの通信会社で判定方法が異なるが、主にSIMの個人識別情報を用いてお客様を切り分ける。これについては別の機会に説明したい。
 そしてメールによる問い合わせの場合、発信者のメールアドレスは判るが、個人識別情報は出て来ない。そこでメール送信の時に、本文にあらかじめ個人識別情報の代わりになる個別番号を付与するようにした。
 直接個人識別情報を用いないのは通信会社からの要求である。
 さて、フューチャーホンの場合、メールの送信時にも受信時にもパケット料金がかかる。そしてメールは本文が少なくともヘッダ情報という付加情報が必ず追加される。
 ヘッダ情報には送信者や受信者のメールアドレス、送信日時やメールの形式などが含まれる。受信時にもメールの分量に応じてパケット料金がかかるため、お客様への返答はなるべくシンプルに、文字数を少なくなるように送信した。
 ところが、それを受け取ったお客様の一部は「返信が雑すぎる」とのご意見を伺う。パケット料金のことを説明しても伝わるか判らなかったためにそれ以後は文頭と文末に定型分を差し込むようにした。
 あとフューチャーホンの場合、通信会社ごとに絵文字を用意している。これらは通信会社で独自であり、文字の内容やコードについては統一性が無い。
 あと、絵文字が伝わるのは同じ携帯会社に契約しているお客様の端末同士である。お客様から届くサポートメールだが、こちらではパソコンで受信している。
 携帯電話を発信したメールは、一度通信会社のゲートウエイという装置を通ることになるが、相手先が同じ通信会社で無い場合は絵文字が一定の記号に変換される。絵文字以外の通常のひらがな、カタカナ、漢字、英数字などはそのまま届く。
 例えばDoCoMoの用意している絵文字の中には飾りのついた数字記号があるが、お客様の中には重要な数値情報をこの飾り数字記号で送ってこられる方もいらっしゃる。するとこちらでは一定の記号となるために判別ができない。
 サポートメールを送るためのページでは、お客様を識別する番号は削除しないこと、絵文字は使わないことなどの注意事項が問題が発生する度に増えていく。
 お客様が飼育されているハムスターにトラブルがあった場合には、そのハムスターの名前を教えていただくのだが、全部絵文字で名前をつけている場合もある。その時は当然、こちらでは判別できないので絵文字を文章で送ってもらうか、ハムスターの種別や日齢、性別などの特徴を指示していただくしかなかった。
 わたしたちの弱小コンテンツでもそれなりにトラブルがあるのだから、当時のグリーの大型コンテンツの場合、日々どれほどのサポートメールや電話問い合わせがあるのか、想像もしたくない。

 あと電話で問い合わせをされる場合、メールでの問い合わせでは解決に至らないことや、お客様がコンテンツに情熱をそそいでいらっしゃる場合があり、対応時間は分単位ではなく時間単位となる。
 わたしが受け付けた電話対応で、最長は3時間ほどだ。昼食後、午後1時ころから午後4時ころまで受話器を握っていた。どのような内容かはここでは言えないが、こちらが終わらせようとしてもなかなか終わらせてくれないのである。
 これが勧誘の電話であれば問答無用に電話を切ってしまうのだが、電話の相手はお客様である。対応は丁寧に行わなければならないが、お客様の要求は当然のことだが全てを受け入れるわけにはいかない。
 その折衷案をもとめるための交渉だがこれがなかなか難しかった。改めて営業職の方々のご苦労を判ったように思える。
 しかもお客様はわたしがサポート専門要員だと思って会話をしているために「お前では話が通ぜぬ。開発者を呼べ」と言われたこともある。ここで「責任者を呼べ」と言われたら、わたしの電話対応を生暖かく見守っているプロジューサーに引き継ぐところである。
 ちなみに対応に3時間とられるということは、わたしの開発時間が3時間削られることにもなる。それなりの損失だ。
 予算に余裕があれば、サポート要員を割り振るところだが、それでは完全に赤字になってしまう。利用者の方々は、わたしたちがかなり儲けていると思っておられるが、残念、リアルは残酷なのである。
 なので、昨今電話対応がどんどん少なくなり、チャットに誘導するのも判るのだ。最近の流行りでAIが対応する場合もあるが、サポートへの問い合わせならその内容もそこまで複雑にならないので、機械対応ができるのかもしれない。
 サポート業務から離れて10年は過ぎた。あの頃に鍛えたと思うお客様対応はもう発揮することも無いだろう。
 それともアルバイトでサポート窓口の電話対応を行ってみるか。ただ、体力的には男性の方が看護士さんに向いていても、実際には圧倒的に女性の看護士さんが多いように、電話対応も男の声で対応されるより、可愛らしい女性の声の方が良いのかもしれない。
 それでも電話対応は少しでも残していただければと思うのである。

 次回は独身一人暮らしの男の料理に関して考えたい。