Chapter _ 9-1 崩れ始めるパズル

 

エレベーターが「チン」という音を立てて開き、ヨンジ先輩が姿を現した。
先輩の手には、置いてきたと言っていたノートパソコン用のバッグがあった。

 

「先輩、それってノートパソコンですか?」

 

「ううん。元はノートパソコン用のバッグなんだけど、今は書類カバンとして使ってるの。
私、物流担当だから書類が多くてね。普通のバッグだと紙が折れちゃうから、このバッグを使ってるのよ」

 

「なるほど。
そういえば、大学でアイスフェスティバルをやるって聞いたんですけど、本当ですか?」

 

「うんうん。今年もやったよ。その企画責任者が私だったの」

 

「そうなんですね。じゃあ、氷はどこから仕入れるんですか?」

 

「氷の彫刻は、大学の近くにある“アイスメディア”って会社に依頼するの。
写真やデザインを送ると、向こうで作って届けてくれるのよ」

 

「すごい……。それ全部一人でやるのは大変そうですね」

 

「そんなことないわ。あ、ここが私の車。乗って」

 

「ありがとうございます」

 

車に乗り、本庁舎の地下駐車場を出て正門の方へ向かった。
正門の前に、見覚えのある後ろ姿が見えた。

 

――ミナだった。

 

「先輩、あそこに一人で立ってる子も一緒に乗せてもいいですか?」

 

「ん? もしかして彼女?」

 

「違います! 同じサークルに入った友達です!」

 

「ああ、ミナって子よね。ちょっと待って」

 

「ミナ、早く乗って!」

 

「え? なに、どうしたの?
……あ! 先輩、こんにちは!」

 

「うんうん、ミナ。こんにちは。
後ろから車が来てるから、早く乗った方がいいわ」

 

「ガチャッ」

 

という音とともに、ミナは後部座席に座った。
人懐っこいミナは、車内でヨンジ先輩と楽しそうに会話を続けていた。
俺はまるでBGMを流しているかのように、ぼんやりと家の方向を見ていた。

 

「先輩! 私、ソミョンでジュヨルと一緒に降ります!」

 

「え? そうするの? ちょっと待ってね」

 

突然のミナの一言に戸惑い、俺は後ろを振り返った。
目が合ったミナは、ウインクをしながら言葉を続けた。

 

「デパートの前で停めてください!」

 

車は混雑した車線を縫うように走り、右側に寄せて停車した。

 

「ありがとうございました!」

 

二人同時にそう言い、車は静かに走り去っていった。

 

「今日は家で休むって言ってなかった? なんでソミョンなの?」

 

「とりあえず! クロッフルが食べたいの! 行こ!」

 

ミナは俺の手を引き、クロッフルの店へと向かった。

 

その時、自分の感情が何なのか分からなかった。
ただ、手のひらには汗がにじみ、胸の奥では何かが蠢くようにざわついていた。
いくつか横断歩道を渡り、静かな路地へと入る。

 

「もしかして、クロッフルじゃなくて……俺、誘拐されてる?」

 

「え? 正解?
……あ、もう気づいた? ほんと鈍いんだから……違うけど!」

 

「なんだよ、途中でやめるなよ。何なんだよ!」

 

「もう! 鈍感大王!
それよりね、さっきヨンジ先輩の車の助手席の下に、何か落ちてるのが見えたの。
ちゃんと見ようとしたわけじゃないけど、ちらっと見た感じ……サラン先輩のノートっぽかった」

 

「え? あの、サラン先輩が失くしたって言ってたノート?
なんでそれがヨンジ先輩の車に……」

 

「それは私も分からない。
見間違いかと思って、話しかけながら足でこっちに引き寄せてみたんだけど……
確かに“サラン”って書いてあるノートだった」

 

「そうなのか……。
中に何が書いてあったからヨンジ先輩が持ってたんだろう……
でも、それを言うために俺を降ろしたの?
それならカカオトークとか電話で……」

 

「あーもう! だから鈍感大王なんだって!
もういい! クロッフル食べて映画でも観よ!」

 

そう言って、ジュヨルはまた手を引かれたままカフェに入った。

 

「こんにちは!
アイスアメリカーノ二つと、クロッフル二つください!」

 

「おい、一個でいいだろ」

 

「何言ってんの? クロッフルは一人一個が常識でしょ?」

 

「そんな常識あるの!?」

 

「ちょっとスマホ貸して」

 

「え? また連絡先の名前変える気じゃないだろうな?」

 

「違うから、早く貸して」

 

ポケットを探り、スマートフォンをミナに渡した。

 

「店員さん、支払いはこれでお願いします!」

 

「おい、なんで俺のスマホのパスワード知ってるんだよ!?」

 

「え〜、そんなの簡単でしょ〜。
店員さん、早くお願いします!」

 

「ピロン♪」

 

その音と同時に、俺のスマートフォンに決済完了の通知が届いた。


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