Chapter _ 4-1 月影の下で
「え? たぶんあの人で合ってるよね。ここによく来るのかな」
「失礼します。ご注文の料理をお持ちしました」
ちょうどそのとき、頼んでいた料理がテーブルに置かれた。
「ありがとうございます!」
料理を見たミナは、迷いなくソジュとビールを追加で頼んだ。
「やっぱりここのチュクミはソメクでしょ!」
「ミナ、お前はどんな料理でも結局ソメク飲むじゃん」
「黙って食べなさい、ジュヨル」
鋭い一言に、俺も素直にソメクを受け取り、食事を始めた。
どれだけ食べただろう。胃にもう一滴の水も入らないほど満腹になった頃、ミナの勢いに押されて締めのチャーハンまで平らげた俺たちは、会計のためカウンターへ向かった。
店を出る直前、俺はもう一度あの女性の方をちらりと見た。
彼女は深刻そうな表情で、ひとり静かに酒を飲んでいた。
俺たちはあまり気に留めず店を後にし、それぞれ家へ帰るためバス停へ向かった。
「ねぇ、ジュヨル……もしイェビン先輩が本当に殺されたんだとしたら……私は、会長先輩じゃないといいな」
酔いのまわったミナがぽつりと話し始めた。
「イェビン先輩と会長先輩は、愛し合っていたんだよ……。そんな二人の片方が、もう片方を殺すなんて……あまりにも残酷だよ。ほんの一瞬の流れ星みたいに輝いていた恋だったのに……そんな終わり方、あんまりでしょ……」
俺もその言葉を聞き、会長先輩だけは違っていてほしいという思いが胸を締めつけた。そのとき、遠くからバスが何台も近づいてきた。
やがてバスに乗り込んだ俺たちは、それぞれの家へ帰った。
窓の外には、いつも通りの日常を送る人たちが映し出されていた。
流れるように過ぎていくネオンをぼんやり眺めていると、ミナの言葉がふと頭に蘇った。
(神さま……)
エンジン音だけが響く車内でそう呟いたとき、気付けば家の最寄りの停留所に到着していた。
家に帰った俺を包んだのは、酔いなのか本心なのか分からない複雑な感情だった。
ただひとつ願うのは――会長先輩だけは犯人でないでほしいということ。
「……会長先輩じゃありませんように。そんな結末は、あまりにも残酷すぎる……」
そう呟き、俺は布団に潜り込んだ。
翌朝。日曜日。
まだ酔いの残る頭で、俺は早くに目を覚ました。
ふかふかのベッドの上でしばらく転がりながら、窓を叩く静かな雨音に耳を傾ける。
そして再び瞼を閉じ、解けない二つの謎を頭の中でゆっくり整理し始めた。
どれほど時間が過ぎただろう。
(……こんなところで考えてても仕方ないか)
そう思い、俺はベッドを降りてシャワーを浴びるため洗面所へ向かった。
鏡に映った自分は、新入生らしい瑞々しさとは程遠く、夜通し誰かを想い続けた人のようにひどい顔をしていた。
乾いてひび割れた唇、見たこともないほど濃いクマ、そして疲れ切った肌。
(最近……事件のことばかり考えてるな)
思わず自嘲気味に笑ったとき、ふと会長先輩の顔が浮かんだ。
もし彼がイェビン先輩の死が“他殺”だと知ったら――。
胸の奥が再びぎゅっと痛んだ。
(……絶対に、この事件を解決しなきゃ)
そう強く思い、簡単にシャワーを浴びるとコーヒーを淹れた。
家中に広がるコーヒーの香りが心をゆるめ、何も考えられなくなるほどぼんやりとした。
抽出が終わり、カップに移してソファへ腰を下ろす。
昨日の“遺書”について考えても、辿り着く答えはひとつ。
――字を書いた本人を特定する“筆跡鑑定”しかない。
だが、サークルの仲間たちにこのことを話して筆跡鑑定を行えば、不信感が生まれるのは避けられない。
会長先輩に相談することも考えたが、状況を思えば簡単に切り出せる問題ではなかった。
さらに、こんな仮説も頭をよぎった。
(もし犯人が、最初から他人に“遺書”を書かせていたとしたら……?)
そうなれば、筆跡鑑定では犯人を特定できない。
しかも一度書かせてしまえば、その人物が別の書き方で書いても照合は難しい。
結局、この“筆跡”に関する情報は誰にも言わないほうがいいという結論に至った。
俺はスマホを手に取り、会長先輩へ送るメッセージを考え始めた。
何度も文章を消しては書き直し、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと文字を綴っていった。
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