「はっ… はぁ……」

 

胸が焼けつくように熱い。
いつからだろう――
心臓の鼓動と、全身を流れる脈の音が耳を占領し始めたのは。

 

俺はいつから走っていた?
いつから、あいつを追うことだけが生きる理由みたいになっていた…?

 

思考は雑音のように頭の中で渦巻き、視界はゆらりと揺れる。
腕も脚も大剣で斬られ、血が止まらない。全身がきしむように痛み、意識は霞み、あいつの顔すらまともに捉えられない。

 

「もうやめにしろ。お前に、俺は絶対捕まえられん。何度繰り返していると思っている?」

 

般若の面に隠された顔。
しかし、その目だけは闇の中で爛々と光り、不気味さを際立たせていた。

 

「ふざけるな…… お前らが何人殺したと思ってる。テロリストのクソ野郎が。」

 

「俺がテロリスト? フハハハハ。」

 

変調された、ぞっとする笑い声が響く。

 

「俺はテロリストじゃない。この世界で苦しむ者たちに“自由”を与える者だ。
そう――お前たちの言うイエス、仏陀。俺は、ああいう“神”に近い存在だ。」

 

「愛する者の命を奪い、幸せを踏みにじるのが“神”だって?
笑わせるな。神は希望を与える。
お前らは……奪うだけだ!」

 

胸が弾けそうだ。呼吸は乱れ、言葉を吐くだけで視界が滲む。

 

遠くで、呼んでおいた支援部隊のサイレンが徐々に近づいていた。

 

「増援まで呼んだか、探偵。
良いか――無駄な希望で縛りつけ、生きる理由を与えるくらいなら、
俺は“苦痛”を即座に消してやっているだけだ。

 

お前を今ここで殺すことだってできる。
だが……気になったんでな。
お前の言う神とやらが、本当に存在するのか。
泣き叫び、縋りついて祈ってみろ。
それで俺が捕まるかどうか……見ものだろう。

 

覚えておけ。
俺たち“鬼”は、いつでもお前の傍にいる。」

 

その言葉とともに、男は一通の手紙を投げ捨て、闇の奥へと溶けるように姿を消した。

 

「くそっ…… 般若!!
何匹鬼を送り込もうが、全部捕まえてやる……!
お前だけは、この手で――必ず……!!」

 

叫んだ瞬間、糸が切れたように力が抜け、膝から崩れ落ちた。
荒い息だけが、静まり返った路地に残る。

 

――まただ。
また逃した。

 

悔しさに任せ、拳で壁を殴りつける。

 

「ジュヨル! 大丈夫!? 怪我がひどいよ!」

 

パトカーから飛び出してきたのは、相棒のミナだった。

 

「みんなは?」
「音がした方向に、般若を追って行った。あなたが倒れたって聞いて、こっちに回ったんだよ!」

 

ミナは俺を抱えて立たせ、パトカーへとゆっくり歩かせる。

 

「本当に無茶ばっかり……。
追いたい気持ちは分かるけど、ちゃんと装備持って行けって何度言わせるの?」

 

「悪い……分かってるよ。
でも……もう眠い……」

 

身体を流れる熱。
街灯の下に出ると、その正体が鮮やかに視界に映った。

 

真っ赤な、ねばつく液体――俺の血だ。

 

般若に斬られた傷は深く、血が止まらない。

 

「ちょっと!?
救急隊!! この人、出血がひどいの! 急いで!」

 

遠のいていく意識。
ミナの叫びが、遠い騒音のように薄れていく。

 

そして俺は、暗く、光の一つもない深淵――
過ぎ去った日々の記憶へと落ちていった。

 

まだ幼さが残る大学生たちが紡いだ、驚くべき物語――。

 

俺たちは未解決事件、国家級テロ、
大小さまざまな犯罪現場に飛び込み、
どんな手段を使ってでも事件を解決してきた。

 

俺たちに“不可能”はない。

 

事件の真実はいつも、闇の霧に隠れた“影”だ。
なら――俺はその闇に差す“光”となり、
闇に潜む影を暴き出す。ただ、それだけだ。

 

俺たちは――

 

警察庁 特別捜査探偵《警特探》である。


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