息子が生まれて1か月。まだ生活自体に慣れないので、勉強は息抜きがてら、ゆるゆると。


勉強する時間が全くないわけじゃないのです。うちの僕ちゃんは、いわゆる「ちょこちょこ飲み」(1回の授乳で飲む量が少なく、その代り飲みたがる回数が多い)の上に、寝落ちするまでおっぱいを飲んでいたい派、という甘ったれもいい加減にしろ、と言いたくなるようなライフスタイルなので、ほとんど居眠りしているような息子に授乳している、または抱っこしているだけの、長い長い無駄な(笑)時間があります。


こちらも年で、疲れているので、授乳しながら休憩するのが基本ですが、時々は本を読みます。


最近読んだ本はこれ。


フランス恋愛文学をたのしむ (その誕生から現在まで)/世界思想社
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フランス文学概説のテキストは、別に恋愛のテーマだけじゃないのですが、こういうタイトルの本が多いので、つい手が伸びてしまう。


著者の東浦さんは、関西学院大学文学部教授、とのことですが、大学生と楽しい授業をされているのだろうな~と想像が膨らむ、読みやすい本です。


まず序文の書き出しが面白い。「恋愛のさかんな国」というと、どの国を連想しますか?というのが最初の一文。最近の若い人は、イタリア、って言うそうです。大体、この手の本を読むと、最初の書き出しは、フランスと恋愛の結びつきを物語る薀蓄で始まることが多いような気がしますが、いやー、最近の若い人はイタリア=恋愛らしいね~、あのね、オジサンにとってはフランスなんだよ~、という書き出しはなかなか楽しい。


そういえば、スタンダールにとっても、イタリア=情熱、フランス=虚栄でした。


前にもブログで書いたのですが、映画なんかを見ていても、フランスの女性は痩せていて綺麗だけど、理屈っぽくて、とにかく喋りまくる感じ、イタリア女性は肉感的で官能的、みたいなキャラクター造形が多いような気がしますが、どうでしょうか。


これとか。(映画『パリ、恋人たちの2日間』)



フランス人は恋愛至上主義、といっても、いつもこんなふうに、わーわーと喧嘩してそうなイメージ(笑)
自我と自我のぶつかありあい、みたいな。



または、これとか。(映画『華麗なるアリバイ』から)


左は、あのカーラ・ブルーニのお姉さん、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。

右がカテリーナ・ムリーノ。

私のイメージでは、スッとした佇まいのヴァレリアがいかにもフランス女優さんって感じで、目!唇!おっぱい!のカテリーナがイタリア女優という感じ。

(実はヴァレリアもイタリア出身なんですけどね。でも、ヴァレリアはトリノ生まれのパリ育ち。カテリーナはサルディーニャ島出身だから、やっぱりカテリーナの方がイタリア美女って感じなのだラブラブ


閑話休題。


『フランス恋愛文学をたのしむ』のラインナップは以下の通り。


1.恋愛は十二世紀の発明? 『トリスタンとイズー』

2.恋と義務をはかりにかけて 『ル・シッド』,『アンドロマック』,『クレーヴの奥方』

3.ファム・ファタルの作り方 『マノン・レスコー』

4.マノンの後継者たち(フランス篇) 『カルメン』,『ナナ』

5.マノンの後継者たち(日本・アメリカ篇) 『痴人の愛』,『グレート・ギャッツビー』

6.プレイボーイとプレイガール 『危険な関係』

7.恋愛と野心 『赤と黒』,『ゴリオ爺さん』

8.プラトニックな不倫? 『谷間の百合』,『感情教育』,『ドルジェル伯の舞踏会』

9.さわやかな恋愛小説 『愛の妖精』,『シルヴィー』

10.恋に恋する女たち 『ボヴァリー夫人』

11.恋愛と嫉妬 『失われた時を求めて』より「スワンの恋」

12.愛があるなら年の差なんて 『シェリ』

13.負け組のラブストーリー? 『素粒子』

14.二十一世紀のマノン・レスコー? 『人生は短く、欲望は果てなし』


12世紀から21世紀まで、という豪華14章だて!


この本で力が入っているのは、ファム・ファタル論でしょうか。

第3章の『マノン・レスコー』から始まって、その後継者たち、として、フランス篇、日本篇、アメリカ篇、そして21世紀篇まで広がっています。


簡単に言ってしまうと、東浦先生のいうファム・ファタルとは、男の幻想を投影する鏡のような存在として描かれている女性、ということです。東浦先生いわく、「男の夢や欲望を映し出すスクリーン」。だから、ファム・ファタルにあたる女性の内面は、小説には描かれない。


ファム・ファタルは悪意があって男性を破滅させるわけではないし、万人にとっての美女、というわけでもない。ただ、当該の男にとってのみ、謎の女、人生を狂わせ破滅させる、しかし、男自身もそれに心の底では喜びを感じてしまう、運命の女。ただし、それは男の側が何かの像を投影しているだけで、ファム・ファタルが実際にはどんな女性なのかは分からないのです。


そう考えると、破滅する男、と、それを傍で見守る男、両方が出てくるグレート・ギャッツビーなんかは、たしかに面白い仕掛けです。




「夢に殉じたギャッツビー」

すべてをかけるほどの、それほどの情熱と夢を捧げるほどの女でもないのに…。


本書の最後を飾る第14章は、21世紀のマノン・レスコーと題して、『人生は短く、欲望は果てなし』がとりあげられています。2010年刊行で、ベストセラーになったとのこと。現代のマノン、読んでみたいですね。


人生は短く、欲望は果てなし/作品社
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