--- 首都クウォルツェン 南西商業区 ---
満月が首都クウォルツェンの街を照らす夜。
エニグマは一人、高い建物の屋根の上に立ち、視線の先にある‘‘モノ‘‘を見つめていた。
それが今回の標的だと言われた。
たとえそれがモンスターでなく同族のカワウソであろうと関係ない。
だって、今までも同じような手段で同じような標的を三回殺してきたのだから。
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エニグマは物心ついた時から一人だった。
周りには自分を守ってくれる大人はいなかった。
大人の代わりにいたのはモンスターだけ。
だからエニグマは自分の身を守るためだけに強くなった。
最初は、森の中に育つ木から果物をとって食べたり、餌を探してそこら辺をうろつくウルフとかを素手で倒していた。
その回数をこなしていくうちに、倒したモンスターから自分の武器や防具を作るようになった。
そんなことを繰り返しているうちに自分の強さを求め始めて、数年経てば自分の周りには‘‘強いやつ‘‘がいなくなった。
自分の住んでいた木と葉っぱで作った粗末な家をでてエニグマは旅に出た。
自分よりも強い奴を探して。
言葉も文字も知らないエニグマが知っていたのは、自分の名前と‘‘うなずく‘‘ことと‘‘首を横に振る‘‘こと。
その二つの動作が賛成と否定を意味することを知っていた。
だが、物心がつく前の記憶はどうやっても思い出すことが出来ない。
自分が何者なのかわからないまま、長らく放浪を続けていたある日、深い森の中にある遺跡にたどり着いた。
遺跡の中は広かったが所々に松明(タイマツ)の火が灯っていたので、薄暗い部屋の様子がよくわかった。
部屋の中央に不気味なモンスターが‘‘浮いて‘‘いた。
文字通り浮遊(フユウ)しながら、こちらを見ていたのだ。
なんの飾りもない漆黒(シッコク)のローブをはためかせ、そのフードからは紅い眼をした骸骨(ガイコツ)の頭が見えた。
相手は巨大な鎌と強力な闇の魔法を使って攻撃してきた。
対して自分の装備は自作の骨のダガーとモンスターの革鎧(カワヨロイ)だけだったため、勝ち目などゼロに等しかった。
挑戦したり退いたりを繰り返して、傷だらけになりながらも相手を次第に弱めていき、3ヶ月の間戦い続けてようやく勝つことができた。
強敵を倒せたのは良かったが、遺跡には財宝やら金貨やらめぼしいものは何一つなかった。
「お前強いな」
探索を諦めて帰ろうとしたエニグマの背中に声がかかる。
エニグマは立ち止まって、声の出処を探した。
が、目を凝らしてみても人影は見えない。
「こっちさ、こっち」
声がしたほうを向くと先ほどのモンスターが持っていた鎌が、部屋の中でぼうっと光っているのが見えた。
「どうだい?俺も一緒に連れて行ってくれないか?」
言葉も文字も知らないエニグマでも、相手がなにを言っているのかはなんとなくわかる。
うなずくエニグマに‘‘そいつ‘‘は自分を持つよう言った。
エニグマが鎌に触れた途端、巨大だった鎌は自分が振り回すのにちょうど良い大きさに変わり、いつの間にか漆黒のローブも身体に纏っていた。
「そうか、お前言葉も文字も知らないんだな」
どうやらこいつは心が読めるらしい。
「それと、俺はコイツって名前じゃない。ディオスだ。‘‘ディオス・デ・ラ・ムエルテ‘‘それが俺の名前」
先程と同じようにうなずくエニグマに
「・・・・・・全く、面白みのないやつだな」
「しょうがねえな・・・・・・俺がこれからいろいろ教えてやるよ」
「まずはあれだな---」
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(おい。いつまで思い出巡りしてるつもりだ。標的が過ぎちまうぞ)
頭の中に響いてきたディオスの声で我に返る。
(すまない。今からやる)
ディオスのおかげで普通に言葉も話せるようになってきた。
コイツには本当に感謝している。
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
気持ちを落ち着かせて雑念を振り払い、目前の標的に集中する。
(いくぞディオス)
闇の中から鎌を取り出し、ディオスの返事を聞く前に屋根から飛び降りる---
---2時間前。
夕陽を受けて輝く王宮の前で二人の鋼の鎧を着た騎士がレンの前に立っていた。
レンは先程まで来ていた礼服とは違い、青く染められた鎧を着ている。
「自分は‘‘秩序の鋼鎧(オルドヌング)‘‘所属のユリウスと申します。
得意なのは弓、魔法適性は雷です」
「同じく、‘‘秩序の鋼鎧‘‘所属のマルセルです。
得意なのは剣、魔法適性はありません!」
なかったら言わなくてもいい!と小声で言うユリウスに小突かれる。
この二人の仲がいいのは誰が見ても一目瞭然(イチモクリョウゼン)である。
わざとらしく咳をする王子もみて、二人はすぐに姿勢を正す。
「二人の仲がいいのは十分わかった。
だが、いまは作戦会議中だから静かにな」
「はい!」
二人揃って返事をする。
「よし、では今回の作戦だが・・・・・・大体分かっているな?」
「はい。たしか、囮(オトリ)作戦と聞いていますが」
返事をするユリウスにレンは頷く。
「そうだ。私が御者の役をやるから、二人には馬車の中で待機してもらいたい」
「了解です・・・・・・ってええ?我々が御者役ではなくて殿がやるのですか?」
驚くマルセルを落ち着かせて説明を続ける。
「それは単にいち早く自分の目で見て相手の情報を得たいという思いからだ」
「ですが、その作戦は危険なのでは?相手が万が一飛び道具や魔法を使ってきたら真っ先に危険なのは殿下です」
「だが、同じ馬車に乗っている以上外にいようがいまいが危険度は変わらん。
それに、相手は今までと同じように斬技の一撃で仕留めようとするはず。
私が君たちをアドルフ将軍から預かったのは、私がもし死ぬようなことがあればすぐに撤退し敵の情報を皆に伝えて欲しいからだ」
「そ、それは・・・・・・分かりました。我々は御者の中で待機します」
「ユリウス!お前---」
何か言おうとするマルセルをユリウスは手で制する。
「殿下を信じよう。いざとなれば・・・・・・な」
相方が言わんとしていることはマルセルにもわかった。
「殿。くれぐれもお体をお大事にしてください」
「ああ、ありがとう。今回の作戦で死者が出ないことを祈ろう」
「そうですね」
---2時間後。
陽も完全に落ちた夜の商業区は人通りもなく静寂(セイジャク)に包まれ、ランタンで照らされた馬車を引く馬の足音がはっきりと聞こえる。
出発してから一度も警戒を緩めずに、辺りを見回しながらこの一本道を進んでいるが相手が襲って来る気配はない。
御者席の側面には自分の愛槍を布にくるんで取り付けてある。
敵が来れば槍で戦うつもりだ。
いざとなれば魔法も使用するしかないだろう。
ヴァルシオン王の血統は魔法に秀でた才能をもつ者が多い。
レンもまた秀でた魔法の才能を持っており、中級魔法くらいまでなら使える。
魔法はその威力や能力によって下級~超級というように位置づけられる。
しかし、たいていの魔導師が使える魔法は中級までであり、才のあるものが鍛錬をすれば上級まで覚えることはできない。
超級魔法は簡単に覚えられるものではなく、それゆえ教えられる者も使える者もいないのが現状である。
リヴァイアサンを倒した六大英雄の一人が唯一超級魔法を使っていたとされるが定かではない。
そのため、使えるものがいない超級魔法の存在は、人々の中では伝説となっている。
ひとくちに魔法といっても様々な種類や系統に分類され、それぞれがほかとは違う特徴を持つ。
レンが今習得している魔法は水系統の魔法が主体であり、水系統は攻撃や治癒といった攻守のバランスの良さに長ける。
一行が乗っている馬車にも防御魔法が施されており、ちょっとやそっとの攻撃では破壊されないようになっている。
「商業区1-2通過。これまで何もなしか」
そうつぶやき馬車の中にいる二人の状態を聞こうと振り返ったとき、馬車に黒い影が写っているのが見えた。
「きたかっ!」
見上げた視線の先に敵の姿を確認する。
漆黒のローブをはためかせて顔をフードで隠している敵が、その身長よりやや大きく禍々しい鎌を振りかぶるのが見えた。
「<<シャドウブレイド>>」
(子供の声?)
レンがそう思ったのと同時に、馬車に向かって黒い斬撃が放たれる。
「全員退避!」
咄嗟(トッサ)に身の危険を感じ取ったレンは指令を出し、槍を取り自分も馬車から飛び降りる。
斬撃が馬車の防御魔法に当たった瞬間に防御魔法の方が砕け散り、斬撃はそのままの勢いでに馬車に直撃しそれを破壊した。
「ほう」
あの一撃で、防御魔法を突破した上に馬車まで破壊するとは。
レンは感心しながらも敵を見る目は離さない。
愛槍の布を振り払い臨戦態勢を整える。
後ろでもがちゃがちゃと鎧の音がしたので、二人とも無事なようだ。
「ユリウス、マルセル。最初は私一人に任せてくれ」
「了解」
エニグマは苛立ちを覚えていた。
戦い始めて一時間は経つこの戦闘に。
あの斬撃の一撃を回避したことには少し驚いたが、まぁ当たらないこともたまにはあるだろうと思った。
だが、戦闘の始めにやつの脇腹を狙って不意に蹴りを入れてみたものの槍ではじかれてしまった。
実力が互角・・・・・・向こうもどうせ気づいているのだろう。
この場所で長期戦に持ち込とこちらが不利になる。
それゆえに今まで奇襲という形で対象を消してきた。
後ろに控えている騎士たちはじっと待機しているが、俺が逃げるとなれば即座に手を出してくるだろう。
特にアーチャーの弓矢は危険だ。
なんの魔力も持たない騎士が放つ弓は簡単によけれるが、あるとなれば話は違う。
複数の矢を放ち対象を追尾する魔法を騎士が習得している場合、ほぼ100%の確率で傷を負うことになる。
この状況を打開するには範囲魔法で攻撃し、相手が怯んだすきに離脱するしかない。
ディオスの魔法を使うしかない・・・・・・か。
手を前にだし呪文を唱え始める。
任せてくれとは言ったものの、戦闘は一向に決着がつかない。
戦闘の合間に質問を投げかけてみるが答える素振りは見せない。
戦技<<アイシクル・ランス>>で攻撃した際には、向こうも戦技を発動して二つの戦技は相殺された。
誰がどう見ても実力は互角で、長期戦になることは明確。
この場所はレンにとっては有利だが、敵にとってはその逆だ。
3対1というこの状況において、この戦闘を終わらそうとするのなら、敵は何かしらの範囲攻撃を使って撤退しようと考えてくるだろう。
「常闇(トコヤミ)に住みし漆黒の精霊よ---」
(闇の攻撃魔法・・・・・・ときたか。ならばこちらも)
相手と同じように手を前にだし、自分の最も得意なあの魔法の詠唱を始める。
「調和と真愛を司りし水の精霊よ---」
魔法詠唱はその強さによって長さが変わる。
二人が魔法詠唱を終えたのはほぼ同時だった。
「---全ての光を消し去る闇となりて敵を貫け」
「---その力を持ちて愛する者たちを守り給え」
「<<ダークネス・クラスター>>」「<<リフレクション・ミラー>>」
エニグマの背後には詠唱によって出現した5本の漆黒の剣が整列し、レンの前には水のような煌(キラ)めきを持つ鏡が構成される。
エニグマが前に出していた手を振り、鏡に向かって漆黒が降り注ぐ---
と誰もが思った時、エニグマの声ともレンの声とも似つかない第三者の歌うような言葉が聞こえる。
「<<失われし理>>」
何かが弾ける音ともに、レンとエニグマの魔法が両方とも消え去る。
「殿下!」
後ろに居た二人が慌ててレンのまえに出る。
驚愕に目を見開いていたレンは瞬時に冷静になり、声のしたほうを向く。
「初めましてレン王子。わたくし、‘‘蛇の骸‘‘に所属するバルドと申します」
何事もなかったかのように平然と話す男は、一見執事服にも見える奇妙な服を着て立っていた。
「バルドだと?」
そんな名前は聞いたこともない。
そして先ほどバルドが使った魔法は・・・・・・。
「はい。
この度は我が同胞(ドウホウ)のエニグマがご迷惑をおかけしました。
すぐに連れて帰りますのでお許しを」
妙に嘲()りが含まれているような口調で話してくる男はレンと戦闘をしている敵をエニグマと呼び、その所属が‘‘蛇の骸‘‘だとも明かした。
「まて、この度の迷惑というのはどういうことだ。
この首都における今までの暗殺活動には‘‘蛇の骸‘‘は関わっていないというのか?」
「いえいえ、そういうことを申しているのではありません。
わたくしたちはレン王子に危害を加えてはならないと、主より命じられているだけ。
今までの事件は全て私たちの手によるものです」
ニヤリと笑いながら説明してくる男に腹が立ったが、それよりも‘‘自分に危害を加えるなという命令‘‘が心に引っかかる。
「私に危害を加えるなとはどういうことだ」
「申し訳ございませんがそれに答えることは私にはできません。
わたくしたちもいろいろとすることが残っておりましてね。
これで失礼させてもらいますよ」
「待て!」
バルドはレンの止める声を無視して一礼し、闇に溶けるように消えていく。
前を向くといつのまにかエニグマもいなくなっていた。
「殿下、奴らは・・・・・・」
「二人とも‘‘蛇の骸‘‘だと言っていたな」
「新しく出てきたバルドとかいいう野郎も厄介そうなやつでしたね。
あいつの魔法は俺も見たことないです」
「おそらく私の姉にならばわかるだろう」
「殿下の姉といえば・・・・・・クレセミア殿ですね」
「こうしてはいられない。
急いで宮殿へ向かうぞ!」
戦闘で馬車が壊れたため走ることになったがそんなことを気にしている余裕はない。
バルドはまだすることが残っていると言っていた。
‘‘まだ‘‘ということは、奴らの計画のほとんどはもうすでに完了しているのだろう。
ようやく太陽の光が差し込み始め、まだまだ薄暗さの残る明け方の首都の大通り。
首都クォルツェンを走る三人の姿は、巨大な迷路をせわしなく動く黒い点のように見えた。
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