先日なんですが、ある方からこんなお話しをされました。
「こんな女は嫌いでしょ?」と。
連ねられた例を聞いてびっくり!まさにいくつも挙げられた例の全てが当てはまりました。
☆ブランド物を身につけた女
☆すぐ泣けばいいと思っている女
☆人のことはとやかく言うが、自分がきちんと律せない女・・・など。
「そうそうその通り!」思わず大声を上げてしまった。
いくつもの例の全てに当てはまっていた。
私個人としては色々他にもある。
とにかく自分に甘い人は嫌いだし、我儘なんてのは論外。
八方美人タイプであちこちの男に擦り寄っては尾っぽを振る者など信義を結ぶには躊躇する。
自身の過去を平気でネットに曝すような神経の持ち主ならなおのこと。
見えないところで何をしてるかなど分かったもんじゃない。
人の痛みが分からないのも選べないし、人が嫌がることを見てないところで平気でやるような奴なら
一緒に生きる価値さえない。
こっちの価値まで下がるから消えてくれと思う。
そんなのを選んだ日には一生の不覚だろう。
いや、末代までの恥である。
幸い私は幸せであるが。
私はイカでありたいと思う。
何も高級なアオリイカではないし、クネクネとした人になりたいわけではない。
ありたいのは乾いたイカ。スルメである。
一目ぼれなんて軽率な好かれ方などしたくない。
人間は知があり、律すべき心と義がある。
見た目で魅かれるなど、そんな物の考えなどは獣にも劣る。
鳥でさえ羽を広げた求愛を見ても簡単には選ばない。
つまりは「ゴキ」以下だ。
私はスルメのような「噛めば噛むほど味のある」人でありたいのだ。
どんなに美味いラーメン屋でさえ、100人の客が全員美味いとは言うまい。
然らば、私の良さは判る人にだけ判る…そんな人でありたいと思う。
スルメのように、最初はもの凄く堅く、違和感があろうとも、
やがてじんわりと染み入るような味を出すような人でありたい。
イカどっくりなんてのもいい。
何となく不細工な姿であるが、熱燗を注がれてしばらくすればお酒に味が染みていく
そんなじんわりとした心を伝えれる存在でありたい。
私は自他共に認めるほど、見た目はよろしくない。
そして、人生においてとてつもなく金に苦労した時代も若い時にあった(自分のせいではない)。
そんな経験をした者とはとにかく気が合う。
痛みがわかるのだ。
この痛みは財産であるが、私の反骨精神はここが原点なのかも知れぬ。
それを理解をしてくれる人がいると言うだけで
不思議と生きて行けるものなんだなと改めて判った1週間だった。
僕は綺麗に飾ってもらえるオードブルや有田焼のとっくりではない
食料品店の隅に置いてあるスルメであり、
最後にふやけても食べてもらえるかも判らないイカで出来たとっくりなのだ。
派手さや流行など要らぬのだ。
必要なのは質実剛健な自身と周囲である。