こんにちは。
Co-leadersのSHIHOです。
実は最近こんなことをある人から言われました。
「キラキラしすぎている人といるとしんどい」
・・・。
え、私キラキラなんかしてない!
昔はこんなんで、孤独に感じたこともあって、
誰も見方なんていないって感じていた時もある、、、
こんな苦労があって乗り越えたからここにいるのよ。
って共感的にみせつつ、否定するでしょうか?
え、何か私いけないことした?
傷つけるようなことを言った?
なんでそんな否定的なことを言われなきゃいけないの、、って反応するでしょうか?
そうだね。そう感じていたんだね。
言ってくれてありがとうね。
どれもあり得ると思います。
そして、それを言ってくれた人にとっても真実。
何かに惹かれる好奇心と、前に進みたい思いと同じ分だけ自分を引っ張る逆向きの声と葛藤します。
「あまりにも自分とのレベルが違いすぎて、まざまざと見せつけられる」
「みるほどに自分が惨めに感じる、辛い」
人それぞれ今いるフェーズというものが違うのは当然です。
私が10年前に通った気持ちと今同じ人もいる。
キラキラは、ホワイトシャドウとも言われます。
その人の強い憧れを投影した時に、嫉妬以上にその人が眩しすぎて見たくなくなることがある。
そういう時は是非
一歩離れて、自分に必要なスペースをとりましょう。
あなたのペースを自分に許可しましょう。
いいんだよ、離れたって。
私にとって、そういう人いたかな??
キューっと心が小さくなって、観るのが辛かったってのは、離婚後に”家族でおでかけ”している人たちの姿が苦しかったかな。。でも誰か特定の人ではない。
でも気づけばそんな私も誰かのホワイトシャドウを誘発しているみたい。無自覚なランクっていう言い方もできるよね。
・家庭をもっていること
・やりたいことで収入を得ていること
・行きたい場所にはいつでも時間の自由がきいて行けること
・安定した仕事があること
・ITリテラシーとデバイス所有
・日本語以外の言語も使えること
・友達が多いこと
・海外経験
・夫婦の関係性がいいこと
・コーチングを教える立場にあること
・言いたいことをはっきり言えること
・どんな人にでも人として対等に話ができること
・苦悩を克服できていること
・自分をさらけ出すことができること
・学歴
・教養
ものすごい数のランクを持っています。
生きてるだけで、息吸っているだけで
存在するだけで誰かにインパクトを与えています。
自分にとっての一歩一歩の積み重ねであり、当たり前であったとしてもある人からみたら、ものすごいランクを当てつけられていると思うことがある。
そして、これはその人の思い込みでもあり、
実情はどうかなんて、本人にしか分からない。
ただ、そう見えているというだけ。
謙虚に、ただそれを認め
自分のあり方がまだまだである事を認識し
精進して生きていく。
ただそれだけ。
そしてそれもまた全体の一部。
保留する胆力を鍛えつつ、
世の中には必要なことがおこるだけ。