●我々はクリエイティブに物事を回避することもできるし、逆に少しバカになると(笑)、物事を発展させていくこともできる!
*こちらは過去の記事に加筆、音源を加えたアップデート版となります
人間が生きるために絶対的に必要なものが、尊厳だと思ってます。
逆に、尊厳が著しく毀損されていってしまうと、人間はやがて生きる根本的な意欲を自分の中に感じられなくなってしまいます。
正確には、生きる根本的な意欲が、創造的に回避された結果、自分の中でそう感じられなくなる(=クリエイティブアヴォイダンス)。
これは自分で自分を責めてしまう「自責」についても同じで、実はふたつとも、自分と向き合うことで自分が変わってしまうという「リスク」に対する抵抗だと考えた方がいい。
それはとても創造的なやり方で起こり、それは回避的であり、我々の脳にはとってはそうしてしまった方が、とても楽ということなんですね。
ところが、それで心の痛み、蟠り、憤りが静まっていくかのかといえば、それはない。
心の痛みに対しては、直接心を観るというよりもむしろ、身体を徹底的に癒す、緩めるというのが、俺の考え方です。
ところで、サーフィンをもっとレベルアップしたいと思っている人が、なぜか太極拳が気になってしまったとします。
たとえば、サーフィンの中でも、ロングボードとか。
サーフィンのレベルアップなら徹底的にサーフィンを突き詰め取り組んでいくというのが、我々が普通に浮かべる発想ですよね(それもいいと思います)。
けれども実は、サーフィンとは全く関係なさそうな太極拳に、そこに、サーフィンのレベルアップにつながっていく「ヒント」や「アイデア」が潜んでる、かも(笑)
心と身体はインタラクティブ(=相互作用)な関係で、それはサーフィンと太極拳にもまた、同じように当てはめることができる!(わからんけど笑)。
たとえば、サーフィンなのになぜか太極拳が気になるというのは、(たとえ今、観えていようがいまいが関係なく)自分のゴールが「ゴールに関係しているもの!」として、我々の身体が認識していると捉えた方がいいです。
そのほうが、おもろいよね(そうでもない?笑)
そして…
マジか!
そんな風に後々、自分の優れたクリエイティビィティにびっくりすることになるかもしれませんよ。
我々は創造的に物事を回避することもありますが、少しバカなくらいの緩い状態になると(笑)、逆に物事をどんどん発展させていくこともできます。