三部作なのにこれだけBlu-rayを持っている。
クリストファー・ノーランもこの2作目を撮りたいがために三部作の製作に合意したんじゃないかと思ってしまうぐらいに、凄い映画。ジョーカーを演じるヒース・レジャーの存在なしには語れない作品ではありますが、これはこれで凄すぎてそれだけで語り尽くしてしまいそうなので、少し横に置いといて。。。
アメコミをちゃんと読んでいないので、いつ頃からバットマン=ブルース・ウェインが夜な夜なコウモリのコスチュームを着て悪者と対峙することに関して、バットマンもある種「異常者」というか「狂気をはらんでいる」という見方が出てきたのか分からないんだけど、フランク・ミラーが描いた「ダークナイト・リターンズ」というシリーズ作品がエポックメイキング的な作品ではあったようだ。是非読んでみたい。ティム・バートンシリーズも1作目はまだしも、2作目ではバットマンは完全に異常者だ。ペンギン、キャットウーマンと哀れな三人の異常者が織りなす世界は倒錯的ファンタジーの世界で好き嫌いは分かれると思うものの、名作だと思う。
そしてダークナイト。
兎にも角にもバットマンが全く活躍しない、ジョーカーに翻弄され続ける映画。
冒頭からジョーカーの颯爽とした登場と見事な銀行強盗ぶりに見せ場を持って行かれ、ようやくチンケな麻薬売買の現場に登場するバットマンだが、バットマンの扮装をする自称「自警団」の存在のために本当のバットマン自体まで滑稽に見えてしまう。
この映画の中で唯一バットマンがカッコよく見えるのはバイクに跨って疾走するシーンだが、ジョーカーは堂々と前に立ち塞がり、「さぁ轢け!轢いてみやがれ!」と挑発する.。バットマンは悪者を捕まえることはするものの殺すことはしないという中途半端なポリシーがために、急ブレーキをかけて転ぶ。それを見透かしていたジョーカーに嘲笑われる始末。
死んだと見せかけたゴードンの手によりジョーカーを捕らえるものの、これさえジョーカーの手の内。腐敗している警察内部の情報もちゃんと押さえていて、レイチェルと検事ハービー・デントをゴードンの部下も利用した上で手下が誘拐済み。誘拐を匂わす発言をしたジョーカーに対してゴードンに代わり感情剥き出しで力づくの尋問を始めるバットマン。痛めつけられながらもバットマンとの会話を楽しんでるとしか思えないジョーカー。俺がお前を殺すわけないだろ、遊ぶオモチャがなくなっちまう。お前も俺と同じバケモノだよ。と。
ようやく二人の居場所を吐くがレイチェルとデントの場所を逆に教えるあたりがもう完全に遊ばれているし、吐くまでの時間稼ぎも完璧で急いでギリギリという絶妙さ。おかげでレイチェルのもとに向かったつもりのバットマンはデントをギリギリ助けるものの顔半分に大やけどを負わせてしまう。ゴードンたちが向かったレイチェルは助からず。。。もうボッロボロ。哀しいことにレイチェルはデントと共に歩むことを決断した手紙を亡くなる前に執事のアルフレッドに渡してるし。バットマンを辞めたら一緒になるとレイチェルは言ってくれてたんだと呟くブルース・ウェインが憐れでアルフレッドは手紙焼いちゃうんだけど。。。
で、ジョーカーはとてもお茶目な看護婦姿でデントの元に現れ、巧みな話術で怒りを腐敗した警察官たちや世の中へ向けさせトゥーフェイスを誕生させる。
そしてジョーカーは最後のお遊び、病院を爆破した後、ゴッサムシティから逃げた方がいいよー、但し橋とトンネルは注意してねー宣言で街の人々は混乱し、フェリーにも人々は詰めかける。今後の捜査に必要な囚人も移送しなきゃならんってことで、囚人だらけのフェリーと一般人のフェリーの2隻。双方のフェリーに他方のフェリーを爆破させる起爆装置があり、爆破させるかどうかを乗ってる人々に選択させるというジョーカーのお遊び。バットマンはハイテクを駆使してジョーカーの居所を突き止める。さすがにここでバットマンはジョーカーを捕まえるわけだが、ジョーカーは散々やりたい事をやり尽くしたからか捕まることに大した失望感はない。ビルから放り投げられたときも笑っていた。ここでもバットマンが殺せないことを見透かしていて、案の定バットマンはロープを足に引っ掛けて吊りあげる。ジョーカーは精神病棟に入れられようが、刑務所に入れられようが、また遊べるさと呑気に考えてるとしか思えない。トゥーフェイスも生み出し、俺の最後の切り札だと語る。そしてトゥーフェイスのためにバットマンは苦渋の決断をすることになる。ジョーカーの完全勝利だ。唯一計画通りにいかなかったのは、フェリーの乗客がお互い起爆装置を押さなかったこと。ただそれだけ。
そして狂気に走るトゥーフェイスとなってしまったデントを止めに行く。ゴードンの家族まで連れ出したデント。バットマンは銃で撃たれるが、ゴードンと息子を手にかけようとするデントに体当たりしてデントは階下へ落ちて死ぬ。
ここでバットマンは堕ちるところまで堕ちることを決意する。「光の騎士(white knight)」と呼ばれゴッサムシティの人々の希望でもあった検事デントが人殺しになったと知られればさらにゴッサムシティは暗い影を落とす。だからデントの罪を被るというのだ。
そう、検事デントは犯罪撲滅を目指すヒーローだった。だからこそバットマンの存在意義が問われる。ブルース・ウェインは父から譲り受けた会社や財産もある。コウモリの姿をして毎夜戦うほかに犯罪を撲滅する方法はいろいろとあるはずである。なのに「殺しはしない」「銃は使わない」などのルールを自らに課しながら犯罪者をひとりずつ捕まえては警察に引き渡す。だからバットマンを「異常者」とする捉え方も出てくるのだ。ハイテクを駆使してジョーカーの居所を突き止めると書いたが、そのハイテクとは街中の人々の携帯電話の情報をかき集めることによって、ソナーのように街全体を見渡せるシステムで、違法で倫理的にも大いに問題のあるシロモノ。バットマンの装備等の技術担当のフォックスさえ「これはアカン」と言うのだが、レイチェルを殺され、テロに等しいことまでやりだしたジョーカーを捕まえるため、用が済んだらシステム破壊するからとフォックスに操作をお願いする。そこまでして捕まえたジョーカーを一旦ビルから放り投げながらもロープで引っ掛けて殺さない。バットマンの倫理観がわからなくなる。結果論で暴論だがバイクで轢き殺しておけばレイチェルは死なず、テロ行為も行われなかった。市民からヒーローとして捉えられているなら「殺しはしない」というポリシーも理解できるが、勝手に犯罪者に関わるのは違法行為として警察が捜査している世界観においては自己満足とも思える(バイクで轢き殺せば更に市民から不安がられるが、ビルからの転落は充分事故死で済ませられるはず)。そしてデントを殺すつもりは無かったとはいえ、結果的にゴードンと息子を助けるために死なせてしまっている。だから、答えを出すことがとても難しいバットマンという存在の問題点もこの映画では問うている気もするのだが、これは私の深読みに過ぎないのかもしれない。
そして警察にも追われる身となり、ゴードンの「彼はヒーローではない。沈黙の守護者、我々を見守る監視者、暗黒の騎士(ダークナイト)だ」という台詞で映画は終わり、そこで初めてタイトル「THE DARK KNIGHT」と表示され、エンドクレジットに突入する。ラストにタイトルを出すのには意味があって、ダークナイトというのは”黒い姿の騎士”、”闇夜に戦う騎士”というようなカッコいい意味ではなくまさにダークな騎士、暗黒に堕ちた(堕ちざるを得なかった)騎士という意味だろう。だから続編は「RISES」で這い上がる話になる。
それにしても、こんなにアメコミヒーローがボロボロのまま終わる映画があるだろうか。
一応三部作だから次作があるとは言え。。。
けれども何度繰り返して観ても面白いから凄い。この映画の凄さは脚本によるところが大きいと思う。
冒頭からどんどん話が展開していくんだけど、過度に集中力を要求されるわけではなく、普通に観ていられる。そして無駄なエピソードは全くなく、不足も全くない。執事アルフレッドとの会話にも意味がある。全くもって隙がない脚本。スキがなさすぎて脚本がすごいことに気付かないぐらい。バットマンが堕ちていく過程がしっかりと描かれ、、ジョーカーの不気味さ、凄さを余すこと無く描き、デントがトゥーフェイスになってしまうことも至極当然に思えるように描かれている。ジョーカーの不気味さはヒース・レジャーのキャラクターが乗り移ったかのような演技と脚本の相乗効果で出来上がっていると思う。分り易い例はジョーカーが口が裂けている理由を語るシーン。2回出てくるが、全く違う理由なんだけど、ヒース・レジャーの語り方がすごくて、どちらも本当のことのように思える。けれど全く違う理由だから少なくともどちらかは嘘。というか多分両方嘘。このシーンだけでもジョーカーの不気味さ、異常さが伝わってくる。本当によく出来た脚本だと思う。
脚本が素晴らしいことに加えて、演出も冴え渡っていて見事。オープニングが素晴らしい。いきなり銀行強盗が始まるが、観ている側に考える余裕を与えないテンポで進んでいく。なのでこの中にジョーカーが居ると思わせない。仲間を殺す奴が居て、あれ?仲間割れ?と思うが、皆マスクをしているからどういう仲間割れなのか分からない。どいつが独り占めしようとしているのか?一人なのか複数なのか?そして結局最後に残った奴がマスクを取るとジョーカー!かっこいい。多くの人がこの時点でジョーカーの虜になる。それに対してすぐ後のバットマンの登場シーンが対照的で冴えない。犬に噛まれ、車にしがみついたら柱にぶつけられて振り落とされ、最後はしょうがなく駐車場の上から逃走する車の上にドーン!と飛び降りる強引な荒業で。。。初回映画館で観たときは分からなかったが、Blu-rayで観直したときに、この作品の中でバットマンを全くカッコよく描いていない、描かないようにしていることに気付いた。
(ただそれだと映画館に足を運んでもらえないからバイクで疾走するシーンを用意し、予告編でそこを上手く使っている)
ちなみに完結編に当たる三作目ダークナイト ライジングも観たが、このボロボロさを糧にして復活を遂げるという華々しい内容ではない。バットマンの正義を正しいことと納得させるような話でもない。バットマンの存在意義は不明確なままだ。バットマンが異常者かどうかを問い直すこともない。相変わらずベインにトドメを刺すことが出来ず、その隙にコロリと騙されていた女ボスにナイフで刺される始末。ベインにトドメを刺したのはキャットウーマン。(バイクの銃でドカーン)
最期は「もうオレしんどい。やめるわ」と言わんばかりにバットマンは中性子爆弾を沖合いまで運んで死にました。一応正義感溢れる若者見つけたから基地残しとくけど。バットマンとしては死んだけどブルース・ウェインとしては密かに余生を楽しんでます。みなさんお元気で。みたいな終わり方で、なんだかなぁという感じがした。アルフレッド目線で見るとハッピーエンドなんだけど。
クリストファー・ノーランが真剣に取り組んで、ああいう終わり方にしか出来なかったのか、2作目のダークナイトさえ思うがままに撮れれば良かったのか、ちょっとわからない。というかダークナイトがやり過ぎで、あそこからバットマンは正義のヒーロー!っていう風には持っていけいない。充分にまとめて終わらせたといえよう。ちょっと茶化して書いたが、バットマンを辞めた理由は分かる。ゴッサム・シティの危機に腐敗してやる気も失くしていた(危険に見合った給料を貰えてなかった等の理由で)警察官たちが奮起したこともあるが、ジョーカーのような目的も理由もなく犯罪そのものを楽しみ、自分の死をも恐れず数百数千の命を奪うことにも躊躇しない狂気の犯罪者にバットマンのやり方、正義では対抗できないと感じたからだろう。
(ベインに関しても、もはやテロ組織で軍が相手すべきもの。この辺は近年の犯罪事情を表しているともいえる。テロや突発的な通り魔・銃乱射事件をバットマンが防げるとは思えない)
それにバットマンの存在自体がジョーカーを生み出したわけで。けれど警察の手が届かない、手が回らない普通の犯罪者と闘う意味はあるとも思い、基地を残し無理強いではなく、後継者に判断を委ねた。だからこそジョーカーに完全敗北するダークナイトの物語は必要だし、ダークナイトはやり過ぎてるからこそ、面白いわけで。そもそも3部作通してバットマンを全く正義のヒーローとして描いてないし。
アメコミの中でもバットマンというキャラクターはその辺りがすごく面白いわけで。最初に話は戻るけど、初期は勧善懲悪的に悪と戦うヒーローとして描かれていたのが、両親をチンピラに殺されたことがきっかけだとしても、コウモリの格好で夜な夜な犯罪者を私的に懲らしめてまわる。「殺しはしない」というジョーカーが言うところの「高潔な精神」に拘っている。正しいようで、どこか精神に異常をきたしているような存在。そういう見方で苦悩するダークなヒーローとして描かれ出して、奥が深いキャラクターになったと思われる。ティム・バートン版、クリストファー・ノーラン版、両方に影響を与えたと言われるフランク・ミラー作の「ダークナイト・リターンズ」は是非読んでみたいと思っている。
