ダシャラーの喧騒を離れ、世界遺産巡り
デリー城(赤い城、ラール・キラー)は、ムガル帝国(1526年から1858年まで存続したイスラム王朝)の第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位:1628年~1658年)が、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバードに9年の歳月(1648年完成)をかけて築いたお城です。
1857年のインド大反乱のときに、イギリス軍に接収され駐屯地として兵舎が建設されるなど城内は大きく造り替えられ、インド独立後も近年まで軍の施設として使用されていました。
城壁の建材として用いられている赤砂岩の赤色から、赤い城(レッド・フォート)とも呼ばれています。
毎年8月15日のインド独立記念日に、首相演説が行われる場所としても有名です。
(2007年、隣接するサリームガル砦と併せて「赤い城の建造物群」として世界遺産に登録)
フマーユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーン(在位1530年~1540年、1555年~1556年)の墓廟で、フマーユーン死後の1565年、ペルシア出身の王妃で信仰厚いムスリマであったハミーダ・バーヌー・ベーガム(ハージ・ベグム)が、亡き夫のためにデリーのヤムナー川の畔に建設することを命じた壮麗な墓廟です。
ペルシア出身の2人の建築家によって9年の歳月を経て完成されたその建築は、ムガル帝国の廟建築の原型を示すといわれています。
そして、その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれるほどで、インドにおけるイスラーム建築の精華と評されています。
(1993年、世界遺産に登録)
クトゥブ・ミナールは、奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバク(在位1206年~1210年)の命で1200年頃に、クワットゥル・イスラーム・モスクに付属して建てられたミナレットです。
ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっているのは、ヒンドゥー教・ジャイナ教の寺院などを破壊し、その石材を転用して制作されたもので、建築に携わった職人もヒンドゥー教徒であったからだと推測されています。
高さ72.5mを誇り、直径は基底部14.3mに対して先端部2.75mで、文字通りの尖塔で世界で最も高いミナレットです。
現在の建物は地震や落雷などで先端が崩れたものを修復したもので、当初は100mほどの高さがあったといいます。
内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができたが、1982年の事故以来、内部への立ち入りは禁止されています。
(1993年、世界遺産に登録)
ダシャラーでの人々の放つエネルギーとは一転し、壮麗な歴史的建築物にふれることで改めてインドの懐の深さを感じました。
時空を超えた素晴らしい体験でした
デリー城(赤い城、ラール・キラー)は、ムガル帝国(1526年から1858年まで存続したイスラム王朝)の第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位:1628年~1658年)が、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバードに9年の歳月(1648年完成)をかけて築いたお城です。
1857年のインド大反乱のときに、イギリス軍に接収され駐屯地として兵舎が建設されるなど城内は大きく造り替えられ、インド独立後も近年まで軍の施設として使用されていました。
城壁の建材として用いられている赤砂岩の赤色から、赤い城(レッド・フォート)とも呼ばれています。
毎年8月15日のインド独立記念日に、首相演説が行われる場所としても有名です。
(2007年、隣接するサリームガル砦と併せて「赤い城の建造物群」として世界遺産に登録)
フマーユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーン(在位1530年~1540年、1555年~1556年)の墓廟で、フマーユーン死後の1565年、ペルシア出身の王妃で信仰厚いムスリマであったハミーダ・バーヌー・ベーガム(ハージ・ベグム)が、亡き夫のためにデリーのヤムナー川の畔に建設することを命じた壮麗な墓廟です。
ペルシア出身の2人の建築家によって9年の歳月を経て完成されたその建築は、ムガル帝国の廟建築の原型を示すといわれています。
そして、その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれるほどで、インドにおけるイスラーム建築の精華と評されています。
(1993年、世界遺産に登録)
クトゥブ・ミナールは、奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバク(在位1206年~1210年)の命で1200年頃に、クワットゥル・イスラーム・モスクに付属して建てられたミナレットです。
ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっているのは、ヒンドゥー教・ジャイナ教の寺院などを破壊し、その石材を転用して制作されたもので、建築に携わった職人もヒンドゥー教徒であったからだと推測されています。
高さ72.5mを誇り、直径は基底部14.3mに対して先端部2.75mで、文字通りの尖塔で世界で最も高いミナレットです。
現在の建物は地震や落雷などで先端が崩れたものを修復したもので、当初は100mほどの高さがあったといいます。
内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができたが、1982年の事故以来、内部への立ち入りは禁止されています。
(1993年、世界遺産に登録)
ダシャラーでの人々の放つエネルギーとは一転し、壮麗な歴史的建築物にふれることで改めてインドの懐の深さを感じました。
時空を超えた素晴らしい体験でした
