4年前、急性腎不全で倒れた
5月4日 4時半頃、17年の猫生を終え
旅立ちました。
生後5ヶ月で我が家にやって来て、チワワの
まゆのすけとは、ラブラブで一緒に寝たり
イタズラしたり

猫らしく過ごせるように、生活環境やご飯を
心がけていたけど、私と一緒に
引っ越しを2度ほど経験し、その度に
ストレスらしき円形ハゲを作っていた繊細な子。
仕事を辞め、実家に戻った時には庭でのんびり
したり、セミを追いかけたり、パトロールしたり
お土産のセミを誇らしげに持ち帰ったり

4キロと小柄なベンガル×アメショのミックスで
優しく甘えっこで控え目なまつの。
病院でもお利口にしていてくれるので、先生にも
褒められていたね。
私が結婚して、実家に残して行くことにしたのは
やはり、実家の過ごしやすさがあったから。
姉にも良く懐いていたから、まつのには最高の
環境でシニアライフを過ごせたと思ってる。
オネダリ上手で、お客様が来てもこんな風に
甘えるから、猫好きさんに人気だったまつの。
亡くなる1週間前頃までは、週の前半は食欲が
無くなり後半にモリモリ食べることが1ヶ月位
のペース。
夕食のブリの照り焼きを狙うまつの

私が食事を始めると、テーブルに乗り奪いにくる

笑ったね。ダメだよ!っと言いながら中の方の
少しタレが薄い部分を分け合って食べたね。
ご飯の食べが悪くなってから、毎日の食事日記を
母がつけてくれていたので、それを元に病院での
点滴スケジュールを決めていた。
約4年。腎臓病を患ったまつのには定期的な点滴
をしないと、身体の毒素が排出できずに
気持ち悪くて、ご飯を食べられなくなってしまう。
腎臓疾患用の療法食に切り替えてから、魚や
鶏肉のトッピングも始めて、とにかく美味しいと
思える物を探し続けたね。
犬や猫の食育セミナーに行ったり、東洋医学の
セミナーに行ったり。
分かったことは、食べるものがこの小さな命を
支えてるってこと。当たり前だけどドライフード
の手軽さにずっと甘えてきたな…。
最後の1週間まで。
母は毎日のご飯とその記録をつけてくれました。
実は、猫が大の苦手で最後までまつのに触れられ
無かった母。
私もセミが死ぬほど苦手なのでその恐怖と同じと
分かってきたから、勝手に猫を迎え入れてしまい
申し訳なさでいっぱいだったけど。
私のおかげで、「犬や猫の可愛いさがよく分かる
ようになったよ」と。言ってくれてる。
椅子の上に乗れなくなってしまったまつのを、
姉がいない時に軍手をして乗せてくれた母。
内心、とっても怖かったらしい。
母と姉のおかげで、まつのは最後まで家族と
一緒にいられました。
葵は、まつのに喧嘩を売ってたけどまつのは
知らん顔して、受け入れてくれてたね。
前日の夜、立てなくなって目が開けるのも
しんどそうなまつのを撫でていると、いつもと
変わりなく気持ち良さそうに目が緩んで。
手を止めると、私の手に自分の手を重ねて。
「マッサージを止めないで」って催促するの。
意識がある内に、そんな時間を過ごさせてくれて
ありがとう

体重は2キロをきってしまうほど、痩せてしまい
抱き上げるたびに、その軽さに寂しさみたいな
ものを覚えたけど。
毛艶はピカピカだった。母が魚を食べさせて
くれていたからだと思う。
17歳の艶ピカおばあちゃん猫のまつの。
グリーンアイが美しいまゆのすけの嫁だよって。
まゆのすけは、お空で皆んなに紹介してくれるん
だろうな。
自由で優しく美しいまっちゃん。大好きだよ。
今までありがとう。
又、会う日まで。

















