「『よかったら、話を聞いてください』って、

 言われることがたびたびあったんです。

 僕は特にカウンセリングを専門にしていないし、

 そういう仕事でもなかったから、

 何が起きてるのか、正直戸惑ったんですけど」



友だちと入った飲み屋さんで、

お店の女の子がなぜか、

自分のプライベートな悩みを語りだしたとか。



「その時、何かのスイッチが入ったんですね。

 周りに対する意識とか、人の気配とかが消えて、

 ひと言かふた言、言葉を返したんだと思います。

 ふと我に返ったら、その女の子が泣いていて、

 その後、妙にすっきりした顔をしている」



そして言われたのだという。

「誰にもわかってもらえなかったのに、

 一番欲しかった言葉をあなたがくれた」と。



「人は怖くて信じがたい存在だ、

 自分は生きていてはいけない存在だ、という認識から、

 180度、ひっくり返ったんですよね。

 今は、人を信じられるし、

 人も自分も愛することができる」



誰と関わることも無理だと思っていた少年は、

実は自分は人が好きだった、という実感を、

大人になって、ようやく取り戻した。



でも、この文章を読んでいる人の中には、

その感覚が欲しくて、でもわからなくて、

もがいている人がきっといると思うんです。

その人たちに、トムさんなら、なんて伝えますか。



「自分を素直にさらけ出したら、

 それを受け入れてくれる世界がある。

 ということを、理解する。感じる。

 っていうことですかね。

 これは感覚の領域なので、

 言葉にすると難しいんですけど」



考え考え、トムさんは続ける。



「あなたは本来、素晴らしい存在なんですよって、

 いろんな人がよく言うけど、

 古今東西、その確証がつかめないから、

 そういう本やブログがもてはやされる。

 でもそれって、頭で『知る』ことではないんですよ」



じゃあ、「感じる」ですか?



「いや、『確信』ですね。

 激流を下りながら、自分の外側にある何者かに、

 自分は生かされているのだから大丈夫だ、

 という根拠のない強烈な確信。

 怖さを超えて、むしろ安心感です」



かといって、

激流を下れば誰でもそうなれるわけではまるでない。

自分の人生、自分で見つけて、自分でつかみとる。

もちろん、多難。だからこそ、面白いのだ。


到達点ではなく

通過点ですね




続きは次回へ