長い長い旅路の果てに、

ある朝、彼は唐突に、ある境地に立つ。

ぼーっとした寝起きの脳裏に、

今までのことが走馬灯のようによぎり、

そして、気がついた。



「過去があるから、今の僕がある。

 僕がこの過去たちを受け入れれば、

 同じように悩んでる人たちの、

 役に立てるんじゃないかと思ったんです。

 つらかったとか、苦しかったとか、

 なんとかしなきゃとかじゃなくて、

『これまであったことを活かせばいいだけだ』

 っていうことに気づいた。

 過去はすべて、財産。否定する余地はないんですよね」



幼い日から、痛みばかりを引き受けてきた、

トムさんのその細やかな心が、むしろ強みになる。



「人の話を聞いたり、

 その人が感じているものをより深く感じ取って、

 その人が気付いていない部分も含めて伝える。

 そんな力が、今につながっていると思います」




希望に生まれて、

希望に還る




そこから、トムさんの快進撃が始まる。



「実際に鬱や精神的疾患を患った、

 アメリカの人が作ったワークショップがあって、

 それを日本に持ってきた人と出会ったのが6年前。

 ワークを学んで、ファシリテーターになって、

 5年前から今年の3月まで、

 鬱の人たちの社会復帰のための、

 ワークショップを受け持ちました」



その5年間に関わった100名ほどの人たちの、

およそ半数が再就職や、自分の生き方を見つけていった。



「やってることはシンプルでしたよ。

『今まであなたが楽しかったことは何ですか』

『わくわくしたことは何ですか』って、

 幸福の感覚を思い出すんです。

 この音楽を聞いたら癒やされたなあとか、

 この映画を観たら楽しかったなあとか。

 その記憶が、希望につながるんですよね」



ああ、それはとてもわかる。

人は、すでに、幸せを手の中に持っている。



「自分の中の前提が、大きく変わった時期ですね。

 どんなにつらい状況にある人も、

 生まれてきた時は、みな祝福されていたはず。

 希望のかたまりとして、生まれてきたはず。

 だったら、そこに戻るだけなんですよ。

 希望に生まれて、希望に還る。

 そういうストーリーが、僕の中にできたんです」



となると、当然、尋ねたくなる。

トムさん自身の、幸福の風景。希望の実感。



「僕は小学校を転校するまでは、

 外で遊ぶのが好きだったんですよ。

 みんなでわいわいするのが好きだった。

 学校対抗の水泳大会でも、

 水泳部でもないのに選手に選ばれたりして。

 勝手に泳げるようになって、

 勝手に速かったんですね(笑)。

 みんなの歓声の、中心にいる感覚がありましたね」



かつての苦しい記憶を語る時とは、

別人みたいな声が聞こえる。



練習せずともできちゃったことと、

何の理由もなく拒絶されたこと。

そんな両極の実感が引っぱり合って、

彼を強くしたのだと思う。

喜ばれる者とそうでない者、

両方の気持ちがわかるという、最強の武器。



走馬灯を見た朝を経て、

彼の周りでは不思議なことが起きた。



続きは次回へ