いま、週刊少年ジャンプで学糾法廷という漫画が連載されています。


話が稚拙で登場キャラクタも魅力がなく、娯楽的側面からみても低評価なのですが、頻繁にみられる法律用語の誤用に大変苛立ってしまいます。


興味がある方は、リンク先の1話目をご覧ください。とりあえず、「証人喚問」ってのをどうにかしてもらいたい。

睡眠薬を飲ませて昏睡状態にさせた場合、傷害罪が成立するという内容の最高裁判例があります(平成24年1月30日)。





また、強盗傷人罪における傷害は、傷害罪における傷害と同様であるという内容の最高裁判例があります(平成6年3月4日)。





これらの判例からすれば、睡眠薬を飲ませて昏睡状態にさせた後で強盗を行った場合、強盗の機会に昏睡状態という傷害を負わせた以上、昏睡強盗罪(239条)ではなく、昏睡強盗傷人罪が成立するように思えます。


でも、そうすると、「人を昏睡させて」を構成要件とする昏睡強盗罪は、ほとんどの場合で昏睡強盗傷人罪になってしまいます。刑の均衡等々の観点から、この結論には違和感があります。





という違和感を持ったことを今日のブログで吐き出そうと思って書きだしたのですが、書いている最中に上記の平成24年最高裁判決で同様の指摘がなされていることに気付きました(全文)。


所論は,昏酔強盗や女子の心神を喪失させることを手段とする準強姦において刑法239条や刑法178条2項が予定する程度の昏酔を生じさせたにとどまる場合には強盗致傷罪や強姦致傷罪の成立を認めるべきでないから,その程度の昏酔は刑法204条の傷害にも当たらないと解すべきであり,本件の各結果は傷害に当たらない旨主張する。しかしながら,上記事実関係によれば,被告人は,病院で勤務中ないし研究中であった被害者に対し,睡眠薬等を摂取させたことによって,約6時間又は約2時間にわたり意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,もって,被害者の健康状態を不良に変更し,その生活機能の障害を惹起したものであるから,いずれの事件についても傷害罪が成立すると解するのが相当である。所論指摘の昏酔強盗罪等と強盗致傷罪等との関係についての解釈が傷害罪の成否が問題となっている本件の帰すうに影響を及ぼすものではなく,所論のような理由により本件について傷害罪の成立が否定されることはないというべきである。


理論的検討が全く述べられておらず不親切ですが、仕方ないね。

私のブログでの名前は魚心くんからとっています。


画像表示も魚心くんにしたいのですが、公式ホームページ等から無断で画像をとってくることが著作権法的にどうなのか分からないので、「画像なし」状態になっています。くんっ!
私のブログのタイトルは「男子高校生の日常」という作品を意識したものとなっています。


本当は、「ロースクール生の日常」とか「予備試験受験生の日常」とか、「~生」まで合わせたかったです。


でも、あまり身分を明かしたくないので、「弁護士を目指す人」という広い概念の名前にしました。


「(司法試験を目指す)SBJKの日常」とか、釣りっぽいタイトルにすることも考えましたが、荒れそうなのでやめました。
ニーベルングの指環を初めて読みました(漫画で)。


ジークフリートとブリュンヒルデが結ばれたところで終わっていれば高評価だったのですが、「神々の黄昏」部分が完全に蛇足でした。


特に、最後のヴァルハラ炎上がすごく打ち切り展開っぽくてガッカリでした。


極黒のブリュンヒルデというアニメの例もありますし、「ブリュンヒルデ」という単語が登場する作品は打ち切り展開になってしまう呪いをかけられてしまっているのでしょうか(アルベルヒに)。


崖の上のポニョは崖の上のブリュンヒルデにしなくて正解でしたね。このタイトルだと、ポニョが嵐を静めるために突然マイクロブラックホールを生成して街ごと消滅させてしまうという壮絶なバッドエンドになりそう。
死体に対する姦淫に死体損壊罪が成立するかについては、昭和23年最高裁判決が、


刑法第一九〇条に規定する死体損壊罪は、死体を物理的に損傷・毀壊する場合を云うのであつて、これを姦するが如き行為を包含しないと解すべきものである・・・

 
と、損壊行為を物理的損壊に限っているため、成立しません。




他方で、器物損壊罪は、食器に放尿した有名判例のとおり、損壊行為を物理的損壊に限定していません。




死体損壊罪は物理的損壊に限るのに、器物損壊罪は物理的損壊罪に限らないのは、人よりも物を大事にしているような気がして、あまりいい気分ではありません。


器物損壊罪とパラレルに考えて、物理的損壊に限らず、「死者に対する敬虔感情を害する一切の行為」も含めるべきではないでしょうか。


死体に対する姦淫に全く罪が成立しないというのは、結論としておかしいと思います(確信)

例えばラノベの主人公が、

「みんなでレイプしにいこう!」

と言ったら、読者からひんしゅくを買うと思います。



「痴漢しにいこう!」

でもひんしゅくを買うでしょう。



でも、

「(女子風呂や女子の身体測定を)のぞきにいこう!」

だったら、ひんしゅくを買わないと思います。

実際にそういうシーンをラノベ等でよく見かけます。




どれも性犯罪なのに、のぞきだけ許容されているのはなぜ?

ということを、銃皇無尽のファフニールの4話を見てちょっと思いました。

最高裁判例では、「合理的な疑いを差し挟む余地がない」というのは、

反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である

とされています。

つまり、抽象的な可能性としては反対事実が存在する疑いをいれる余地があるわけです。
言い換えれば、抽象的な可能性としては反対事実が存在して冤罪である疑いをいれる余地があるということだと思います。



私は、この現実を否定する気持ちはありません。
抽象的可能性として反対事実が存在する場合には有罪認定できないとすると、否認事件ではおよそ有罪認定ができず、刑事政策上、非常に由々しき問題がでるわけですから。



ただ、刑事訴訟法の本では、一言、この現実について明言してほしい。

たとえば、「現行の刑事訴訟制度は、極少数とはいえ、冤罪の発生を容認しているシステムとなっている」みたいな記述が刑事訴訟法の本で一言欲しい。


この一言があるだけで、「疑わしきは被告人の利益に」の理解について、ずいぶん理解しやすくなると思います。
「疑わしき」について、「抽象的可能性として反対事実が存在する場合」と誤解してしまうことを防止できるからです。


私はずっと誤解していました。




まあ、刑事訴訟法の学者が、自著において「冤罪を許容する」なんてことを書くことは死ぬまでお目にか書かれないんでしょうけれど。