もう1か月以上前になってしまうのですが、われらが岩手県立美術館で「松本竣介と戦争ー戦意高揚ポスターについて」という講座を受講しまして、竣介の「戦意高揚ポスター」は存在は知られていたそうですが実物がでてきたのは初めてで、研究者の間で注目されたそうです。
そのさらに数か月前に美術館で戦意高揚ポスターと橋本八百二の「寄託」となっている戦争画が常設展で特集展示され、戦争画にもともと関心があったので喜んで(語弊)見ました。
この作品は竣介の有名な「立てる像」に構図はそっくりですが、
なんだろうこの虚しみの目は。
「背後はガッチリと」と言いながら、他人事のような笑顔で送り出す家族と、
むっつりした表情の航空兵。
ほかの作品もおおむねポスターの標語を皮肉っているのか?とでも
いいたいような感じで、私はその矛盾が非常に気になっていました。
戦時中なので、うるさ型に目をつけられて、こんな覇気のないポスターでいいと思っているのか!とか
批判されたら…と思ってしまいますが、そういう事実はなかったもよう。
私には頼まれたからには描くけれど、内心はもろ手を挙げて戦意高揚に賛成じゃないんだという反抗の気持ちを読み取らずにはいられません。
山口晃さんのこのマンガの方がポスターよりも私には興味深かった。戦時中、軍に協力を要請された画家たちの葛藤がそこに重なるような気がしました。
今回、「川端龍子VS高橋龍太郎コレクション」でも、
アーティゾン美術館の「M式「海の幸」」でも、現代美術家と戦争絵画ということを考えさせられる作品や言葉がありました。
森村泰昌さんが青木繁のなりをして、なにも描かれていない画架に青木繁を見るかのようにして話しかける18分の映像作品があり、
そのなかに、青木繁の友人、坂本繁二郎が描いた戦争絵画、
「肉弾三勇士」についてふれた部分がありました。青木繁ももし、夭逝せずあの戦争をくぐり抜けていたら、
「海の幸」の男たちの銛を魚雷(といったのかミサイルといったのかうろ覚えです)に換えた絵を描かざるを得なかったかもしれない、
たぶんそんなことを。
私は坂本繁二郎のその「肉弾(爆弾)三勇士」を描いた絵についてはまったく知らなかったのですが、戦争後行方不明になった150号の作品だったそうです。
関連して思い出したのが、
川端龍子の「水雷神」でした。