足立県立美術館展 横山大観と近代日本画の名手たち 

岩手県立美術館

会期 2021年6月26日(土)~8月1日(日)

 

こんにちは。

きのう会期がはじまったばかりの「足立美術館展」に行ってきました。

 

足立美術館には数年前、出雲のマラソン大会に行く途上で寄ったのですが、

すごくよかった。感激のあまり名品選と『庭園日本一 足立美術館をつくった男』も買ってしまいました。

 

本展は「横山大観と近代日本画の名手たち」ということで童画コレクションは出ていませんが、

童画コレクションの中に林義雄の作品がたくさん出ており、小躍りしたのを覚えています。

私は福田美蘭のファンなのですが、林義雄は美蘭からすると祖父にあたり、父福田繁雄からすると義父にあたります。

長命で2010年12月9日老衰で他界していますが、福田美蘭のゴッホの白い薔薇をモチーフにした作品について、

父と祖父の死についてのことがあったので、福田繁雄コレクションはわれらが岩手県立美術館にもありますが、

林義雄の絵にここで出会えるとは!と思って喜んだのでした。

 

そう、余談のつもりで書いてしまったのですが、考えたら足立美術館の林義雄コレクションと岩手県立美術館の福田繁雄コレクション、関係があるじゃないですか。ご存じの方も多いと思いますが、岩手県立美術館のIMAのロゴも福田繁雄デザインであります。

よし、うまくつながったな。常設展でも福田繁雄の遊び心にあふれたポスターの展示がありますのでぜひ。

 

 

 

やはりビジュアルキューにもってきているということは、本展の推しなのね。

私もこの絵好きだな。

川端龍子 「獻華」(1940)

 

昭和15年ということは戦争が近づいている時代でしょうか。

本展では院展、また再興院展同人の作家が多く、川端龍子も再興院展同人のひとりです。

 

生年でいえば、萬鐵五郎とおなじ1885年生まれです。同じ年に生まれた近代洋画家と日本画家が

ともに再興院展に出品しているというのもおもしろいところです。

 

萬鐵五郎「薬缶と茶道具のある静物」(1918)は再興第五回院展に出品されています。

現在コレクション展第1期(~7月18日)にて、萬鐵五郎室に展示されています。

展示の意図を探って(ほとんど妄想)楽しみます。
 

 

 

「足立美術館」は3章構成で、

Ⅰ章 横山大観 13点

Ⅱ章 東京画壇の画家たち 21点

Ⅲ章 京都画壇の画家たち 23点

 

の57点が出品されています。点数は少ないようですが、作品の前から離れがたい気持ちにさせられることが

多く、たぶん2時間くらいかけて見た感じです。

 

横山大観といえば、東の大観、西の栖鳳と言われており、そういう場合小癪なことに、

東の方が優勢だ、というニュアンスがあるのですが、

 

私の推しは断然栖鳳です。そんなわけで私はトップバッターの代表作たる「無我」(東京国立博物館にもおなじモチーフの絵があります)についても

良さが全然わからない。いいんだろうなあ。でも私にはわからないごめん。

 

そんな私がファーストインパクトを受けたのが「曳船」です。

 

足立美術館展SNSスペシャルサポーターは、

 

展示室内の撮影はできません(なんですと!)(私は当日まで写真撮影OKと思い込んでいたためショックが大きかった…)

画像提供ご希望の方はお問い合わせください

 

ということだったので、問い合わせて画像をゲットしました。ふふふ。

といっても著作権について伺うと、なんなら手持ちの画集図録から写メを撮って、と安易に考えていたのが申し訳ないので、

絵については提供画像のみでこの記事を書くことにします。

 

画像がないものについては本展にお出かけの際に、ああこの絵かあ、菅原が言うより断然秀でてるな、

と思っていただければ幸いです。
 

「曳船」は船乗りが引綱で船を引いているのですが、銀色の細い線が引かれ、下から眺めると岩絵の具がキラキラ光って、

厳しい労働の絵でもあるのに、尊い、と感じてしまったのです。

 

精神が澄むようでした。まさか横山大観にこんなに心を摑まれる日が来るとは!

 

 

画像はありませんが、

「漁火」にも心惹かれました。

 

展示会場は美術品保護の観点から、作品が上からアクリル(ガラス?)のカバーをかけて比較的近づいても見られるようにしてあるか、

 

(最初の「無我」にこんなに近づいて見られるのか、というのはさすがに驚きでした)

 

ガラスケース内の展示になり、絵から離れて鑑賞することになるか、なのですが、「漁火」はガラスケースでした。

一瞬、白黒写真なのかな?と思えるほど海の波に粒子感があって、田中一村の「アダンの海辺」を連想しました。

手前の松は太い黒い筆で、やや単純なのですが、中景の海は砂の粒で描いたような細かな描写に見え、後景の山はぽこぽこしてどこかファンタジーの世界めいています。前景中景後景で人格が入れ替わっているのではないかという感じです。

もちろん私の妄想ですし、1回しか見ていないので勘違いもあるでしょう。

 

 

横山大観『雨霽る』も好きな作品でした。

制作年は昭和15年。紀元二千六百年奉祝美術展というのが当時あったようです。

戦意高揚美術とは違って、背景を知らなければそのまま好みの絵だなあと思ったのですが、

 

展覧会のキャプションに

絵を売ったお金で戦機を献納していたことが書かれており、、

 

Wikipediaで調べると「大観も自らが売却した絵の代金を帝国陸軍に寄付し、九七式重爆撃機の「愛國445(大観)」号などを献納している。終戦後にはGHQより戦犯容疑者として取り調べを受けた事もあった。」という記事がありました。

 

戦争中の銃後の国民の感情がどのようなものだったのか、私はまだまだ知らないことが

多いなあと思いました。生まれた時からいままで一度も戦争を体験したことのない私には

その時代にいれば自分も稼いだお金は戦争に役立てたいと思ったのかもしれないと考えたりもします。

 

昭和22年、大阪の心斎橋を自転車で走り回っていた足立全康は骨董屋で大観の「蓬莱山」と出会い、

いつか大観の絵を買ってやるぞ!と決意するのですが、

 

その「蓬莱山」(昭和23)も出品されています。

この「雨霽る」は足立美術館が開館して7年後の1978年に

 

「門外不出の幻のコレクションといわれた北沢コレクションから大観の『紅葉』や海山十題のなか『雨霽る』『夏』などを含む十数点が売りに出され、一年半かかって購入する。名実ともに大観美術館と称されるようになる」(『庭園日本一 足立美術館をつくった男』)

 

とあります。戦後の焼け跡から足立美術館が開館するまでの長い間、夢を抱きつづけて叶えたことに打たれます。

 

 

 

 

菱田春草といえば横山大観の盟友。

 

なにかで読んだのですが、ひとりより、ふたりのペアの方が萌え要素が大きいのだそうです。

一緒にしてはどうかと思うのですが、本展でも、

 

春草と大観、清方と松園、今村紫紅と安田靫彦、松園と栖鳳、清方と深水などなど、

盟友、師弟などのペアが多く、やはりそこに萌えを感じるのです。キャプションではあえてなのか、萌え要素の大きいペアについては触れていない気がします。

 

小茂田青樹と速水御舟、速水御舟と今村紫紅のペアもあったらと思うのですが、

御舟は今回出品されていなくて残念であります。足立美術館のコレクションにはあるのですが…。

 

御舟といえば山種美術館が御舟コレクションでは有名ですが、あの黒猫の絵が

出るとほかはおいても見に行きたいと思ってしまいます。椿も好き。

 

また山種美術館のコレクションで有名なのが栖鳳の「斑猫(はんびょう)」ですが、

前述の『庭園日本一 足立美術館をつくった男』には「斑猫」を先に山種美術館に売られてしまった悔しさが

描かれており、画商の裏切りにも憤りを感じますが、しかし、

 

この「梅猫」はいい。背景の梅の描き方が江戸琳派風で、春の陽炎のような

やわらかさがあります。一方、主人公の梅猫はというと、黒と白のブチの被毛が実に丹念に描かれ、

竹の子の皮を思わせる耳の内側にびっしり生えた毛も手触りまでつたわってくるようです。

 

この絵の前にもだいぶとどまっていました。

 

先に進んで榊原紫峰の「青梅」(これもすごく気に入った作品でした)を見て、

梅つながりでまた「猫梅」に戻ったりもしました。

 

菱田春草の「紫陽花」も好きでした画面の左端に近くに揚羽蝶が一頭飛んでいて、画面のだいぶを大きく描かれた紫陽花が占めているのですが、その紫陽花の描かれ方にまるで揚羽蝶をいざなうようなリズム感があっておもしろかった。また紫陽花の茎の色といったら実際には薄い黄緑ですが、青く彩られていて、全体に幻想的な趣のある作品でした。

 

 

画像はないのですが、贔屓にしている小茂田青樹の作品が2点あって、

どちらもよかったのです。

 

イチオシは「蝉」。

クヌギの大きな葉が琳派の装飾的な描き方で画面の半分に大きく描かれ、

主人公の蝉は幹に止まっている。

 

葉の大きさに対して、蝉は小さいのですが、生きている力がつよく伝わります。

この蝉は小茂田青樹自身であろうと思います。絵の中に描かれたものがひとつの場合、

虫であろうと花であろうと猫であろうと、それは作者自身の肖像なのです。

 

蝉の背中に水色が置かれていたので、この蝉も昔捕ったなあ、なんて蝉だっけ、

と思ったらヒグラシでした。カナカナカナと夏休みの終わりに鳴き、休み明け試験の

勉強をしているこちらの心を優しくえぐったものです。秋の季語だそうです。

 

小茂田青樹もまた41歳で夭逝するのですが、「蝉」は小茂田青樹が亡くなる3年前の作品でした。

 

 

このまま長編ブログを作成してもいいのですが、つづきはまたということで。

 

長々とすみませんでした。

 

ではでは♪