子どものころは家に全然本がなかったので、なんでも活字だったら読んだものですが、『リーダーズダイジェスト』からの抄訳だったと思うけど、『一ダースなら安くなる』という本を中学校時代に、家のどこからか見つけ出し(古い家だったので)夢中になって読んだものです。
子だくさんの夫婦で、口癖は、「大将、一ダースだったら安くなりませんかね?」。靴を値引きしてもらうときとか、相手に親しみをもってもらいたい場面で、この子だくさんのお父さんが茶目っ気たっぷりに子どもたちを見せて言うわけだ。
このお父さんはたたき上げのエンジニアで、ふん、てめえさてはエリートだな、というような職人には、自分が漆喰を塗って見せて、ただのエリートエンジニアではないことを分からせて味方にしてしまう。合理主義と茶目っ気と子どもたちによりよい人生をと思っていると思う。
夫婦でこの子どもたちがたくさんいる家庭を合理的に破綻なく運営していくために、つぎつぎに子どもたちに学校では教えてくれないことをしつけていく。
たとえばタイプライター。キーボードに白いキャップをかぶせてブラインドタッチを習得させる。
二桁の二乗を暗記させる、というとすごくつまらないが、パジャマのボタンは下からかけたほうが速い、そんな日常の些事にも効率を考え子どもたちにそれを身に着けさせるのだ。
うちはけっこうな放任だったので、この知性とオリジナリティにあふれる一家にあこがれてしまったというのもある。
中1からずっと愛読していたんだけど、高校に入ってわりとまだ日の浅い時期におなじクラスの女の子にこの本の話をしたら、
へえ、そんなの息が詰まりそうだね、と言われて、いや自分の説明が悪いのかもしれないと思ったけれど、以来その優等生然として作文や感想文では金賞をもらうようなタイプの彼女が苦手になった。みんながいい人というような人物と私は大抵の場合、相性が悪い。
って私が根性曲がりってだけです笑。
十代前半で愛読していた小説の影響は大きくて、私はいまでもこれはどういう手順でやればいちばん早くできるだろうかと考えるし、
こっちをやっているあいだにこっちを仕掛けておけば、という考えはパン屋の仕事にもおおいに役立っている。
ただこの効率を考えるのは、好きなこと限定のようなんですよね…。
きょうもパンの酵母を仕込み発酵種を仕込みこれから生地も順々に仕込んでいくわけなんだけど、
苦手なジャンルではこの効率を考える能力はねむったままです。
でも思ったんです。
私はたぶん、自分がすきなことしかすきになれないんだなって。
もし40年の時をワープしてあの女の子との場面が再現されたとしたら、
うまくやろうとか一切思わず、私はあなたみたいな偽善者がだいっきらいよ、
と平然として言い放つ自分しか想像できない。