こんにちは。
観に行く予定だったお芝居は体調が疑問視されているのでパスして、仕込みをしています。
きのうは仕込みをしながら天板を洗ったり、作業台を片して拭きあげる、というようなことが苦痛だったので、ビョーキでしたね! 手順とか段取りも考えられなかったし。
んーあしたは土曜日だし、がんばるぞー。
ということで仕込みがひととおり終わって休憩中。
昔、お正月に何もしないで『ダルタニャン物語全11巻』を読んだ、という金井美恵子さんのエッセイに触発され、
よっしゃ!
と講談社文庫全11巻を読んだことがあった。20年以上前だと思うけど、ふとまた読もうと思って揃え直したわけです。
学生時代からの友人に超片付け魔がいて、独身時代は押入れの中がいつまでたってもガラッと空いていて、結婚後は押入れにテレビを入れて(見ない)、食器棚に本を入れていた…合理的な人でもあった。
合理的な人だがマンガも好きなのでスッキリ片付けるたびにまた『ガラスの仮面』や『王家の紋章』を揃えていた…当時は分からなかったがいまはちょっとわかる(笑)。
それにしてもこのカバーの絵、気になるなあ…と昔読んだ時にはなかったスマホで、カバーの「おのき がく」さんを検索したら、『かたあしだちょうのエルフ』の作者だった。
『やくそくをまもったインディアン』は買ってもらった本でうちは本が少なかったので何十回となく読んだが、オズワルドという純真で誠実なインディアンの少年と、学習のためにということなのか、欄外に出てくるリスキャラクターのことは忘れられない。この絵も小野木学さんだったのかー。
小野木学、画家。1924〜1976。20代はじめの病気療養中に独学で絵を描きはじめ、戦後は自由独立美術協会に所属していたこともあったがのちに脱会。
1976年に52歳で亡くなっている。10巻の奥付を見ると1975年発行なので、この『ダルタニャン物語』のカバーの仕事は闘病中だったのかなあとも思った。
上矢津『ナヤミノタネ ガク叔父さんのレクイエム』(講談社)も検索により出てきて、ああスマホがあるとマンガも本も読まささる(ささるのよ。見えない力によって読まされてしまうのよ!)。
昔は文庫本の後ろを読むのが好きだった。すでに読んだ本をチェックしてまだこんなに読んでいない本がある!となぜか焦ったり、しばらくしてまたチェックして読んだ本が増えると自分が成長したような気がした。
昔の講談社文庫の活字が好きだという友達がいたなあ。
ふと、活字 写植 フォント で検索したところ、
にこんな文章が。
「写植とは、写真技術を用いて植字(文字を並べ、組む作業)する方法のことで、これを行う邦文写真植字機(写植機)は1924年(大正13)、星製薬で出会った石井茂吉氏と森澤信夫氏(*1)により特許が出願された(*2)。」
星製薬はもちろん星新一の父星一が築いた製薬会社で、その幅広い交友関係と明治の野心に燃える青年らしい行動力は星新一の『明治・父・アメリカ』に描かれている。
しかし星製薬で出会った二人が写植…。
また、
萬鐵五郎の年譜に
5月、第2回四十年社展(18-27日、京橋・星製薬会社)に出品。
とあり、京橋・星製薬会社で検索したところ、
には、
「星製薬の本社は、大正四年から京橋に建築された鉄筋コンクリート造四階建てのビルにあった。当時、銀座日本橋界隈で最も高層の建築物であったという」
知らなかったら、予算がないから製薬会社のスペースを借りたのかな、というしょぼいイメージを持ってしまうところだった。
その後、三岸好太郎の年譜から星製薬で白樺美術展が開催されていたことも知り、
白樺美術 星製薬 で検索し、
「白樺」同人たちは、同年三月五日から、一三日まで京橋の星製薬の四階で「白樺美術館第一回展覧会」を開く。展示されたのはゴッホの向日葵、セザンヌの帽子をかぶった自画像……
で合計一四点だった。
で合計一四点だった。
と、どんどん気になったことを調べてしまい時間がたってしまうのもスマホの困ったところなんですが。
体調が悪いとブログも書けないので、元気になってよかったと思ってやってください。
ではでは♪




