息子は台風で休校なので、家でごろごろしていた。私は息子がごろごろしているともったいないなーと思う。まあ私の十代はブッキッシュ以外なにもない感じで、

移動量

を比べたらどっこいどっこいである。


スターリンの映画なら見たいというので盛岡フォーラムでやっているか調べる。と、樹木希林追悼企画で、「わが母の記」「モリのいる場所」「海よりもまだ深く」をやっていることが判明。9/28、29、10/1〜4。きょうしかないじゃん。今日分かってよかった。ちなみに息子の観たかったのは
「スターリンの葬送行進曲」だったが、やっていなかったもよう。終わったのか?自分の観たい映画の動向くらい自分でチェックしてもらいたい。

「海よりもまだ深く」は、是枝裕和監督(原案・脚本・監督・編集)で、

「歩いても歩いても」がいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」の歌詞からのタイトルであるのと同じく、テレサ・テンの「別れの予感」からのタイトルだった。

最後に団地の4階から息子と息子の元嫁、小学生の孫を見送る樹木希林の小さく高いところにある笑顔に、涙が出て困った。「別れの予感」なんてそういう意味じゃなかったとはいえ、つきすぎるのである。

「歩いても歩いても」も「海よりもまだ深く」も、母親は樹木希林、息子は阿部寛だが、後に残った感じは台風の後のようにスッキリしている。

未練がましく元嫁(真木よう子)に復縁を望む夫(阿部寛)は、探偵(離婚の浮気調査とか迷い猫探しとか)をしているが、かつて受賞した文学賞(島尾敏雄文学賞…いいのか?と思ったが実在しそうでしていないようだ)以来パッとしない純文学作家で、

島尾敏雄賞なのでもちろん私小説で、姉のことを赤裸々に書いて姉に相当嫌われている。

愛想尽かして別れた妻に養育費を払えないくせに、息子に野球道具は買ってやりたくて、せこい手で手にしたお金でさらにせこく展示のスパイクにかるく傷をつけて、安くしてもらおうとしたり、年金暮らしの母(樹木希林)の貯金通帳と印鑑の隠し場所を漁ったり、本当に情け無い男なのである。阿部寛の長身と美貌でやると情けなさが独特の味わいになるが、和菓子屋の姉(小林聡美)には心から軽蔑され気の毒なくらいである。

そんな父に似ず、小学生の真悟の素直で大人びていること。お母さん似の端正な顔立ちである。

一方、小林聡美は樹木希林の娘と言われてなるほど!と思う。

狭い団地でもテーブルに小さなガラスの一輪挿しを置いて野の白い花を挿し、防滴ラジオでクラシックを聴き、ラベンダーのカーディガンやブラウスを着て、

ここではないどこかを夢見ているような母。

仁井田先生(橋爪功)の音楽講座も切なくも苦い。中途半端に上品な奥さん達にクラシックのレコードを聴かせて作曲家についてエピソードを披露する。家にバイオリンをやっていたが挫折した娘がいることも仁井田先生の善良な笑顔も、どこかでこんなやりきれない場面を見たことがある、親が生きていた頃はよく。

真悟はフォアボールを狙っていたのに、ホームランを狙うべきだとアドバイスする母の彼氏。

真悟は小5位だろうか。まだ若くしっかりしている母の人生設計に意見することはないが、自信満々で圧の強いパパ候補の男に居心地の悪さを感じている。離婚して離れて住んでいる父のダメさを知っているが、父を好きだ。母が父とよりを戻す気がないことも知っている。この真悟の透明感がよかった。

「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない。」是枝監督が最初に書いたのはその一文だったそうだ。

良多はたぶん書家か日本画家だったらしい(軸物があったり、真悟の臍の緒の箱に良多が名前を書いているのだが、母がお父さんに似ればねえと言うからだ。

たぶん芸術家肌で金遣いが荒くギャンブルが好きだった父親に反発するように、良多発の高校時代の夢は地方公務員だった。

息子の真悟は野球をやっていてもメジャーリーグと言うような子ではなく、公務員になりたいという。

そんな真悟だが台風の夜、おばあちゃんの団地に泊まって、父と母と祖母と自分の4人で過ごすことになって、すこし子どもらしい甘えを見せたりする。真悟の気持ちになると胸が締めつけられるようだ。良多の母は復縁を望んでふたりを泊めたのだが、復縁は無理だった。

いろんなものを夢見ていた母は、息子の嫁を可愛がっていて、彼女こそ夢につながる唯一の人だと感じていたのではないか。失望をあらわにしたりはしないが、ダメな息子を精一杯盛り立てようとしたり、遣る瀬ない。

暴風雨の夜中、父子は外に出てタコの形の滑り台に潜り込んで菓子をたべる。
ふたりを迎えに来た母と真悟と父は、真悟が失くした宝くじを探す。よりを戻すことまでは無理だろうけど、真悟に一家で過ごした台風の夜の思い出ができたことがうれしかった。


こっそり失敬して来た父の形見の硯は30万円と質屋の店主(ミッキー・カーチェス)がいう。
そして父が良多の島尾敏雄文学賞受賞作品をたくさん買って無料で近所に配っていたことも聞かされる。

ダメな親父とそっくりになってしまったダメな息子良多だが、父の手放しの愛を知った。質屋の親父はせっかくだからと筆でデビュー作にサインを求め、良多は水滴で墨をすり始める。硯の深いところも海というんだったなあと思った。

誰からも褒められる自慢の息子ではなくても、失望ばかりさせられていても、それでも誰よりも深く愛してくれる母。

探偵をやりながら、ピンハネをしたり依頼主を裏切ってせこく儲けようとしたり、そんな良多だが、壁一面にポストイットを貼って物語をもう一度書こうと足掻いている、そんな場面もあった。

ハッピーエンドではないが、それでもなにか少しだけ希望のようなものを感じ、リアルだなと思った。