きょうの午前中は肩の治療(主にウェイティング)で終わったわけですが、午後は主に「おたんこナース」似鳥ユキエの夏休み状態。
このエピソードは意外にも文学趣味のあるユキエが太宰治そっくりの風貌の患者さんに妄想を募らせるというものですが、作者の佐々木倫子さんも読書好きなんだろうなあと。
太宰そっくりの患者さんの退院のときの言葉は、
グッド・バイ
うっ、しびれる。
きょうは病院の待ち時間に『鳥海青児 絵を耕す』を読んでいたのですが、
読んでいるうちに関連して、あ、資料があった!と思って本棚を探すとあっけなく出てくる。
(浦上玉堂 国宝 東雲篩雪図)
…その川端が、浦上玉堂の《東雲篩雪》を入手し、大雅と蕪村の《十便十宜》を入手して(中略)
「川端さんは偉い物を手に入れたよ。『十便十宜』を見せて貰って来た。」
「大雅の畠は凄い。実に上手いもので、俺は身体が震えた。こんな感動を受けた絵は近来にない。」
その凄さがわからないが、凄さに震えているひとがいることで、いつか自分も凄さがわかりたいと思う。
これは東京ステーションギャラリーで見た。
私は旅に出ると気が大きくなり、図録も本もやたら買い込む癖があり、本や図録を読むと旅の思い出が蘇ってくるのである。
ということで瀬戸内寂聴の『奇縁まんだら』で川端康成をよむ。この本は全4冊で、神戸に行ったとき横尾忠則現代美術館で買ったんだと思う。そのあと少しして、長崎県立美術館で瀬戸内寂聴展があって、この原画を見ることができたんじゃなかったかな。
長崎県立美術館ではロッカーにキャリー(家の鍵内蔵!)を忘れて来て、空港から閉館時間後の美術館にタクシーを飛ばしてキャリーを受け取ったのもいろんなひとをハラハラさせましたが、忘れられない思い出です。長崎空港のグランドアテンダントの機転と親身な対応、待っていてくださった美術館の方、ギリギリでタクシーを往復してくださった運転手さん、時々思い出しては手を合わせております。
この川端康成が片岡球子のタッチのように思える…からの片岡珠子の図録と見比べるとかもあります。自宅にこんなにのんびりといられるのが久々…というより初めてかもしれない。
いつもなにか有意義なことをしなきゃ損だと思ってガツガツしているのでね。
肝心の鳥海青児の絵も、なんか見てるはずだ〜とふとなんとなくで開いた河野保雄コレクション図録がドンピシャ。
鳥海青児の絵で私が覚えているのは足利市立美術館で見た「画家の詩、詩人の絵」なんですが、ほんとか?違う美術展じゃないのか?とも思う。横長でゴツゴツした絵だった。
東京都美術館の藤田展で藤田の手づくりの額縁をいくつも見ることができたので、この本が読みたくなる。
ポーラ美術館所蔵の《姉妹》のフレームは藤田のポートレートの額にも使われ、最初は鏡の額だったそうです。額にも絵にも制作年が記してあって、額先行。
「ちはやふる38」はアクアリウムと千早のアレンジが金魚のアクアリウムを思い出させます。
名古屋に行った時に夜やっていたので、ドリンクを飲みながら見て、すごく楽しかった。
「ちはやふる」の金魚は表紙カバーだから色味は違うけど、土佐金がモデルかな〜と見比べたりする。
ああ極楽。














