祖父にも似ているが、父にも似ている。
最近、カンパーニュについて取材される機会に恵まれ、そのことを思った。
私はカンパーニュを自家製天然酵母でつくるのは、自分が発見したわけではなくて、古代からぶどうの皮と小麦粉のふすまのこねたものを小麦粉と合わせて、人はパンを作って来ていたし、
自家製天然酵母はパン屋さんだけではなく、けっこう誰でもやっていると思う、
って言っちゃう。
手柄顔で、他にはない製法です!
と言うのが恥ずかしくてできない。
番組の人はたぶん、他にはないオリジナル!と謳ってほしいんだと思うけど、シャイで皮肉屋の父の影響で、自分を大したもののように言うのができない。
昔から、
自分にできることは誰でも簡単にできることだと考えるクセがある。
私は学校の科目は苦手なものが多かったので、あまり自分の能力に自信がない。苦手なことを営々とやらされて恥をかかされると誰だってそうなると思う。
主に逆上がりとかマット運動とか文字を書くこととか(私は漢字が覚えられないし字が下手だった)、小学校の頃に自尊心を痛めつけられたので、その後いきなり成績が向上しても、自分は馬鹿なんだという気持ちが拭えない。
そこも父に似ている。父は字を書くことも人前でスピーチすることも嫌がっていた。
算数だけはずっとできたが、そこでいい気になれないのが父の血である。
こんな自分がたやすく理解できるんだから、算数なんて簡単なもの、やれば誰だってできるでしょと思う。
自信のなさが言葉だけ聞くと偉そうな感じになるんだよなあ。自信はつねにない。
今度の取材では傲慢で自尊心のかたまり、超ワンマン、世界は俺が回しているくらいのノリだった祖父になりきってみたいもんである。
そんなわけでは父と祖父は思いっきり仲が悪かったが、私は父似であるのに対して、弟は祖父に似て、わりあい、俺の人生はいつでも晴れ、みたいなところがあった。
そしてこれがおもしろいことに、父は自分と似ていない弟を可愛がっていたのである。自分と似たところのある私のことは、最初の子だから厳しく当たってしまう以上に嫌っていた感じだった。
祖父は独特の人間だったので、誰かを特に可愛がるというのはないのだが、私のことをおもしろい、賢いと思っていた気がする。祖父は弟には字を聞かなかったし、揶揄うような関わりも持たなかった。
私が人に対して、私はこういうすごい人間なんです、私のつくるパンは他にはないものなんです、
とか言えないのは、
いい気になって喋っているといきなり父に張り倒された昔の記憶があるからだと思う。父はほんとうは自慢話ばかりする祖父が嫌いだったのだが、祖父の方が78歳でバイクで転倒するまでは体格も力も上だったので、手頃な私にかかっていたんだと思う。
私は内弁慶で家に帰ると多弁になり、イキイキし始めるのだが、そういう私のイキイキした顔が祖父に似て見えて父の燗に障ったのであろう。
半世紀も生きてみれば、当時の家族関係も読み解けるのだが、もう当事者はいない。父は認知症になり、いつもにこにこしているいいおじいちゃんになってしまい、
ツェネズミのようにまどうてくださいと言っても無駄である。
あと1/4世紀もすれば、私も全てを霧のように忘れてしまうので、
昭和40年代のトタン屋根と天窓のある、雨漏りだらけのうちのことは完全に消えてしまうだろう。
しかしなんでこんなに長々と?
なんとなくきょうはいろんなことのデトックスの日だったので、長年ぼんやり思っていたことを文章化してみた次第です。ああスッキリ。