リビングのPCに向かっているついでに、少し前に書こうと思っていたことを書きます。
(これもパン屋には関係がない)
短大時代からの友達(ということはもう35年のつきあいだ。わわわわ…)と話をしていて、彼女はいまでも瑞々しさは残っているが、若い頃は花のような愛らしさだった。しかも笑顔が絶えない、愛嬌のあるタイプ。
私は年を重ねてこれでもかなり社会化されたのだが、基本、不愛想。ひとりで座ることになんら不自由を感じたことがない。
映画も美術館もお芝居もひとりでいくし、そのどこが難しいんだかよくわからない。
だから短大に入ってからも、いちばん前の席にひとりで座って超然としていました。
わたしは司書になりさえすればそれでいいので、友達をつくろうという考えはみじんもない。
そんな私に声をかけてきて、いくつかのクラスで隣の席に座ったのがいまもつきあっている、
くだんの元美少女の友達です。私は自分がそういうふうにできないので、生まれつき愛想がよくて、ひとに声をかけて場を和ませるひとの考えていることはわからないと思っていた。
しかし、この夏はじめて彼女に苦悩が訪れたもよう。
会社に37,8歳の女性が入ってきて、この女性がまるで彼女のように、
愛想がいいタイプ。さあ、自分と同じタイプの自分より若い女性が入ってきたとき、
53歳の友達はどう思ったか。
自分と同じ愛嬌のあるタイプの人のことは、信用できない、と思う、そういいました。
えーーーーー!!!
だからはっちゃん(と短大時代の友達からは呼ばれている)みたいなひとに近寄っていくんだよね、と。
彼女の旦那さんもわりと私みたいな感じなんだそうだ。一見冷たくてぶっきらぼうなところが信頼できると。へーーー!
愛嬌のあるひとって、私からみると自分に自信満々で、私みたいな不愛想なにんげんに対しては、もっとうまく立ち回ればいいのに、と思っているのかと思ったよ。
まさか、誰とでもうまくやれるような友達が、私みたいな人間の方が信用できる、と思って、
自分と同じタイプの後輩が苦手だったとは。
そう、彼女は自分と同じタイプの後輩が苦手で逃げ回っているらしいです。
きのうはどうも、と声をかけられたとき、つい、うっとうしいなあと思って無視してしまったら、
相手もまさか誰にでも愛想のいい彼女に無視されるとは、と思ってショックだったみたいで、
翌日からしばらく固い感じになって、そうするとこっちも悪かったと思うんだけど、と。
私は誰にでも愛想がよくて、朗らかなひとというのは、私と違ってそういう屈託はないのかと思っていた(おいおい)。さらに彼女の苦悩は、うまれてはじめて「嫉妬」という感情を持ってしまったということ。
それも、すごいなおい、という感じだ。
30代後半とはいえ、若い女性が入ってきたということで、職場の男性たちの態度が露骨なのらしい。30代女性をちやほやしてやまない。
当然、前から同じ職場にいる女性陣はおもしろくないわけだが、私の友達はいままで嫉妬されて嫌がらせを受けたことはあっても、ひとを嫉妬するなんてそんなことをこの私が、というのもショックだったという。若い頃からずっといるだけで場がパッと明るくなる、と言われてきたようなひとってそうなのか。
私は逆にいままで嫉妬というものを知らなかった彼女のピュアさがまぶしいですけど。
自分とはまるで正反対だと思っていた友達が、なぜ私に近づいてきて友達になったのか。
愛嬌があって誰からも好かれるようなひとがじつは自分と同じタイプの人間は信用できないと思っていること。
53歳になるまで嫉妬なんか味わったこともないという人間がいるんだ。
そんな衝撃の告白に私が落雷にあったようなショックを受けていることに彼女は気づいていないと思う。
私は自分だけが屈託のなかにいるような気がしていたのだが、誰からも好かれる、愛想のいいタイプの人間もまたおなじ人間なんだなーとこの年になってはじめてわかった。自分からもっとも遠くにいるように見える人でも、なにかのきっかけで心の裡を覗いてみたら、案外自分と重なるところもあるかもしれない。
そんなことを思ったんでした。
(頭で思っていたのと書いたものがまたズレてしまうのだが、もうこのままアップしちゃう)
ではでは♪