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劇団ゼミナール第32回公演

ザ・ペットビジネス 作・演出 斉藤英樹

盛岡劇場 タウンホール

2016年9月3日(土) 14:30、19:45 9月4日(日)14:30、18:30

 

(ペット産業会社)

深川 中村章義

秋元 斉藤 英樹

中田 菅原 康幸

星野 八木 絵里

高山 菊地 潤

山崎 小笠原 利弥

 

(ライバル社)

白石 山口 美玲

 

(ジャーナリスト)

桜井 芦澤 志帆

 

 

(ペット販売店)

橋本 河村 睦

西野 木皿 りな

 

設定は近未来。

あるペット店の開店前の風景からはじまる。

西野さん、とオーナーに呼ばれている若い女の子は特にお気に入りの販売用ペットに

愛称をつけてかわいがっている。オーナーの橋本は西野に気をつけるように言いながらも、ふたりで「セッキ」をつくるようになったペットの成長に喜び合う。

 

「セッキ」とは、「石器」。

 

そう、いま人気なのは遺伝子情報操作によってミニチュア再生化された絶滅旧人類のペットたち…。

 

四角い白い箱のなかに入った「旧人類」のペットたちはモルモットくらいの大きさだろうか。

西野が可愛がる様子から、そう大きくはないと思われる。

 

ペットを開発・販売している会社では、先月の売上金額や利益など、

営業会議が行われていた。

星野・高山の扱う北京原人は流行おくれとなり、

絶好調のネアンデルタール人をあつかっている中田は鼻高々。

 

これはたとえば、ハスキー犬が最近売れ行きが落ちてきたから、絶好調のラブラドールに人員投入してもっと売り上げを伸ばそうぜ、みたいな話にも思える。

「今回笑いは一切ない」ということだったけれど、このあたりの当てこすりや切歯扼腕はやっぱりコミカル。

 

やがて絶好調の中田が売り上げを伸ばすためにしていたブラックな仕事に星野・高山たちが気づき、また、ミニチュア原人の開発にあたっていた山崎の動きも怪しくなる。

 

劇団ゼミナールのお芝居につきものの(?)裏切りにつぐ裏切り。

 

一方、ペット店では売れ行きの悪い北京原人の売り場スペースを減らして(ということは…)、その分、売れ行きのいい旧人類を置こう、ということになり、西野は自分が名前をつけてかわいがっていたコーメイ(北京→中国だから)をキャリーに入れて店から持ち出す。

ほかの北京原人たちを一緒に助けてやることはできないことを、西野は謝りながら店を出ていこうとする、ここも考えさせられる場面であった。

 

優しいひとはどこまでも命の選別に敏感であり、助けてあげられなかった命にすまないと思うのだろうか。 

この後急展開があり、危篤状態のコーメイの命を救うために、ペット産業の会社で反目しあっていた者同士も、ペットショップ店のオーナーも、心をひとつにする。

 一命をとりとめたコーメイにパッと咲くような笑顔の西野、で終わる。

笑顔の次には幕引きのお辞儀である。役者たちが次々にお辞儀をし、物語は終わったよと告げてくれる。この終わり方がすごくよかった!

 

暗澹とするようなペットの処分や廃棄による野良原人(考えると恐ろしい…)の繁殖、それらを西野の笑顔はみごとに拭い去ったといえるのだろうか…。

 

無垢な笑顔は、飼い主に命をゆだねるしかない、ペットの可愛さと哀れさに重なるものがあった。無条件で飼い主(いまのところは私たち人類だが)を信じるペットたちに、人間は幸せを与えているのだろうか。

 

また、ペットたちがかつての人類であることもおそろしい。

 

もっと果ての未来で、私たち人類は未来の人類のペットにされているのかもしれない。または私たち人類は神の気まぐれでつくられたペットにすぎないのかもしれない。

 

西野の笑顔の明るさ、無垢さ、純粋さは、コーメイに向けられた笑顔であると同時に、

未来のご主人に懐くペットとしての人類の笑顔かもしれないと思ったのである。