岩手県立美術館で開催中の野口久光 シネマ・グラフィックス展ですが、
フランスをふくめた巡回展の中で、岩手県立美術館の展示がいちばんボリューミーだそうです。
開催記念のトーク&シネマでは大林亘彦監督がおいでになって
野口久光さん、淀川長治さん、双葉十三郎さんがぼくの先生だった、
とおっしゃって、野口久光のエピソードとともに、淀川さんのことも
お話してくださってので、思わずニコニコしてしまいました。
ボリューミーなので、1回ではもったいない気がする。
遠方の展覧会ならそれでも1回でいっか、ですが、幸い盛岡にすんでいるので
あと1回、欲を言えば2回は見たい。
野口久光のポスターは絵の魅力だけじゃなくて、映画のコピーも
映画にあわせた描き文字でレイアウトされているので、
映画がみたくなる。もちろん映画館でいまやっているという映画ではないから、
家に帰って映画関係の本をよみかえしたくなるわけですよ。
私は高校時代、お小遣いのほとんどを本とマンガに費やしていたのですが、
その読んでいた本の中に、いまだったらもう名画になったような映画のタイトルが
若い頃に見ていた映画、ということでバンバン出てくるので、
門前の小ではないけれど、見てはいないが、教養としてそういう映画があることはおぼえたわけだ。
で、なんといっても淀川さんでしょう!
蓮見重彦と金井美恵子の対談がやはりおもしろかった。
そりゃそうなんだが。
高校時代なん十回となく読み返した短篇、「桃の園」には、
小学校時代の金井美恵子を思わせるような主人公と、主人公より2、3歳年上の、
大人びてきれいな少女が登場するのだが、
ふたりはおなじ歯科にかかっていたのだが、ある日、映画館でばったり出会って、
その少女が、
「こんな田舎の町にしては、グリーン=リードの二本立ては洒落ているのね」と生意気な口調で言うわけだ。
グリーンは原作者、グレアム・グリーン、
リードは監督、キャロル・リード。
この小説の中では「第三の男」と「落ちた偶像」がガラあきの汚い映画館で
上映されていて、年上の少女がお正月前なのに気前よく、これなら
たべられるでしょ、とマシュマロとアイスクリームを休憩時間に差し出すところもよく
覚えていた。もちろんどちらも私は見たことがないです(笑)。
タイトルのレタリングもサブタイトルも出演者なども全部描き文字ですよ。
そしてうかつにも、ギャラリートークで伺うまで気づかなかったんですが、
当時の映画はモノクロームだったんですね。
それも含めて野口久光は勤めていた会社、東和商事映画部図案部で
ずいぶん信頼され、すべて任されていたことがわかります。
また、資料としての展示があって圧倒されたのは、
個人的な映画メモでした。見た映画のタイトル、登場人物などが書かれたノートなのですが、
その文字がレタリングになっているんです。あまつさえ、映画会社のマークのイラストも入れられていて、個人的なノートのはずなのに、作品のようでもある。
さて、もうひとつ、『第三の男』で思い出すのが藤子不二雄Aの『まんが道』でして。
藤子不二雄Aさんが投影された主人公、満賀くんは高校を卒業して新聞社に入りました。
そこで文化部に異動となり、映画の試写に行って記事をまとめるように言われます。
もともと喫茶店につとめているお母さんから映画の試写券をもらったり、
お店で要らなくなったアメリカの雑誌をお土産にもらったりして、
アメリカ文化へのあこがれがあり、映画は大好きでした。
私はこれで、キャロル・リードがイギリスの名監督だということを
覚えました(笑)。
藤子不二雄A氏もそうとう器用な方だと思います。
モノクロームの映画の雰囲気を出したイラストのような絵を描き、
映画に感銘をうけた満賀くんが描いた絵もかくわけですから。
『まんが道』には繰り返し、映画の話が出てくるのですが、
映画館から出てきた満賀くんがコーフンして、自分のマンガに向かう
エピソードも繰り返し描かれています。
映画をみることでドラマ作りやアングルなど、いろんなものを
自然と学んだんだろうなあ。
野口久光は栃木県生まれ。
お家のお父さんが職業がら謹厳なひとだったようですが、
浅草の伯父さんというひとが話のわかるひとで、行くと映画に連れて行ってくれたそうです。
粋な伯父さんですね。
図録を見ていたら、展示をもう一度みたくなってきました。
今度はホールのフィルムも忘れず見ようと思います。
ではでは♪