家臣たちに侮られ、誰も信じることができない、徳川家慶(12代将軍)。
その容姿は暗愚と思われていた9代将軍家重に似ているところもあり、家重も酒色に溺れることで辛い人生から逃げていたのだが、
家慶は実の娘を抱くことを癒しにし、その非道を正当化する。
その上、祖母の治済の血を受け継いで自分の欲望の邪魔になるものには毒を盛ることをなんとも思わない。
母は娘を突き放し、自分の男を奪う若い女という目で一瞥するだけだった。
さらに家定を次の将軍とする事で、一生自分の手元に置き続けようとする父。
定家の幕閣、阿部正弘は家定の身を案じ策を講じるが、
「月に4度あった嫌なことが2度になった。
もうこれで良い」と定家はいう。
その言葉に阿部正弘は主君を守りきれない自分に歯がゆさを感じるが、ついに運命が変わる事件が起こり、機に乗じて正弘は家定を家慶から守る仕組みを作り出す。
その後も家慶の醜い執着は家定を苦しめるが、正弘が強い盾になり彼女を守る。
ふたりの関係は8代吉宗と加納久通に似ている。また、家定の容貌と学問好きは5代綱吉を思わせ、その過酷な少女時代は家光のエピソードを思い出させる。
歴代の将軍に似てはいるが、家定は正弘と瀧山に守られている。
『大奥』の中にもすでに母親と14歳から関係を持たせられて子まで成した青年(のちの月光院)は出てきたが、家定の相手は父で将軍であった。
過去と似たエピソードが少しずつ捻られ上昇していくように見える。
家定に『愛すべき娘たち』に出てきたいつも怪我をしていた小柄で、愛らしい容貌の牧村という少女を思い出した。牧村もまた父に関係を強いられ、恐らく抵抗すれば暴力を振るわれていたようだ。中学時代、男性と平等に社会で働くし、家事を分担するのだと語っていた牧村は、眼帯をしていた。自分の布団に入ってくる嫌な親父、と、女友達に語りはしても、家庭内で起こっている「嫌なこと」をそのまま口にはできなかったし、牧村の男女平等の思想に感心する友達は牧村がなにを訴えようとしていたのか気づかなかった。
やがて牧村は高校を中退し、一人暮らしをして定時制高校に通い、大倹を受けて大学に入ると言ったり、いま小説を書いていると言いながら、結局はなにも形にならないまま、
女の幸せは結婚よ、とかつての女友達に嘯く。悲惨な少女時代を生きていた牧村に気づいてやれなかったことと、かつてあんなに生き生きと社会で
働くことを語っていた牧村の心変わり。
語り手の女性を最後に救ったのは4人グループの中の1人からの手紙だった。彼女は思うに委せない現実に悪戦苦闘しながら公務員として働き続けていた。
家定がようやく家慶の軛から逃れ、新しい将軍として篤姫(逆転大奥なので男だが)を迎えるところで13巻は終わるが、
『愛すべき娘たち』では自分を騙しながら生きるしかなかった牧村も、家定とともに正弘によって救われたような気がする。
よしながふみの書くセリフを男女逆転させれば、現代社会の諷刺のようで胸が空くようだと最初は思っていたけれど、
平賀源内(もちろん女だ)の登場のあたりから、男でも女でも、同じ志を持つ同志はいるし、女でも男でも、己の欲望のために人を犠牲にすることをなんとも思わない怪物はいるのだと思うようになった。
私は8代の吉宗がすきだったが、家重、家治、家斉、家慶と小粒になったなあと。治済という化物が不気味でそれは悪くないのだけれど、やはり将軍が魅力的で力のある時代がおもしろいので、
家定の活躍に期待しているのだ。