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『わたしの日々』 水木しげる 

連載開始は92歳の水木さんのオールカラーのマンガによる日常と戦争の記憶、
若い頃描かれた絵画の所収もあり、

いろんな面で圧倒される本。

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この夏が終戦後70年ということで、水木さんの戦争に対するインタビューやコメント(再録含め)を多く目にしましたが、仲間たちの夢をよく見る、というエピソードはもっと昔からだった気がします。

それがこんなに苛烈なものだったとは。

小隊の中で唯一生き残った青年時代の水木さんは、必死の思いでジャングルを逃げつづけ、
やっと別の隊に合流できたとき、そこの上官に、他の隊員とともに戦死しなかったことを責められたそうです。

その記憶が自決を強要される悪夢となって、水木さんはうなされます。


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いままでにも
、戦争を描いた作品で片腕を失った場面を描いてきていますが、私が知っている中ではこれほど激しいものはなかった気がします。

カラーだからでしょうか。大量出血で命を落とすほどだったというのはべつの作品で読んだ気がします。

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しかし、
こんな場面なのに、お尻からおならが出ているところにもご注目です。

戦争中、兵隊たちが次々と戦死していったことを、それが小便のように日常的なできごとになっていたことを淡々と述べている水木さんなので、

自分が片腕を失ったことも、屁のような日常だった、という意味なのか、
どんなに過酷であっても、そこにユーモアを付け加えることを忘れない水木さんだからなのか。

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水木さんのご高齢を考慮して隔週連載だったそうですが、それでもこのクオリティ。
もう大御所だから、すべてアシスタント任せでアイディアだけで済ませる…ということは
水木さんにはなかったんですね。毎日悦子さんと一緒に仕事場まで歩いて通い、
そこで着彩をしていたそうです。

年齢について、しんどいネ(水木さんのネは可愛い)などという感慨もありましたが、
水木プロのお茶の時間に集う水木さん兄弟の顔ぶれをみると、

年齢を超越した人々ばかりで、圧倒されます。
水木さんより2つ上のお兄さんは戦後、戦犯として巣鴨プリズンに長い年月拘留され、
次男の水木さんは南方にやられ、片腕を失います。
弟さんは学徒動員で長崎の工場で働いており、被爆は偶然免れました。

みんなで満300歳を目指そう、と高らかに笑い、きょうのお茶菓子に目を細め、
ぱくぱくとよくたべる水木三兄弟の姿に、ユーモアとともに戦争を辛くも潜り抜けたんだなあと胸がいっぱいになります。

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水木さんのお誕生日に届いた花。
この花の描写も凄い。人物はシンプルに、背景は思いっきり細密に、というのが水木さんのマンガのスタイルですが、

そのコントラストは水木さんの人間と深く結びついたもののような気がします。

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この本には、日常や戦争の記憶とともに、水木さんの若い頃の作品が多数所収されているので贅沢です。

境港の水木しげる記念館でおめにかかった絵もありましたが、初お目見えのものも多く、
つくづく購入してよかったなあと。先生が亡くなられた後だっただけに、注文から届くまで日数はかかったのですが、それ以上の価値がありました。

14歳の自画像はパステル画です。

小学生で趣味人のご尊父から油絵具セットを買ってもらい、中一で個展をひらき、天才少年画伯として新聞に載った、というのも宜なるかな。

なにより、自画像を「真正面」という構図を選んで描く才気と、解説で南伸坊さんが指摘しているように、家族の絵は楽しい、ユーモラスなデフォルメが多いのに、自画像の陰鬱な描かれ方が気になります。

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少年時代にすでにこのレベルだった水木さん。

べつの作品の中で、神戸の小学校で夜間、絵を教える講座があり、そこに通っていた20代の水木さんが、講師のひとりだった小磯良平に絵をほめられて、「わしは本物の絵描きになりたいんですわ」とうれしそうに答えるひとコマを思い出します。


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特にこの絵に惹かれました。
借金取りから逃げている頃の絵だそうですが、

少し倒れ掛かってくるような家並みや、水たまりに映った空やひとや電柱。
水たまりのあまりの透明感。

あとがきのなかで、悦子さんが93歳まで生きてきて、心の中で一番多くを占めているのは、
19歳から22歳の兵隊時代だった、と書かれていたのも心にずしんときました。

水木しげるファンにとって、毎日繰り返し読んでも飽きない、究極の1冊といっても
いいのではないでしょうか。