ああ、手が震える。
岩手県立美術館のギャラリーショップで買い求めたフォルダの中に、
ドキドキ。
きのう、講演をきいた書体設計士 鳥海修さんの
「こ」と息子へのサインであります。
さすがの息子も緊張でいっぱいになったらしく、家に帰って美術館のビニール袋とフォルダに入って、さらにガラス戸つきの飾り棚に収めるまで、ずーーっとドキドキしていたみたい。
《ミーツ・ザ・アーティスト2015年 第1回》
書体を作る職人
鳥海修の
「日本人にとって
文字は
水であり米である」
とは
11月22日(日)14:00~15:30
岩手県立美術館 ホール
きのう、息子とともに聴いてきました。いや、聴いて見て参加してきました。
鳥海さんという名字と、山形出身ということで、
「鳥海山」
を連想したのですが、
偶然にも1枚目のスライドは、鳥海山とその麓に広がる青々とした水田でした。
これはもちろん、スライドの画像ではなく、今年の五月に酒田へ向かったときの私の撮ったものですが、
鳥海修さんは鳥海山の山の中腹あたりの、神社の参道を500段あがったところにある家で高校まで過ごしたそうです。
500段を毎日!
お父さんは息子さんを野球選手かマラソンランナーにしたかったのか?と思いましたが違うようです。公務員で、朝早くに山に山菜を採りに入って、毎朝お母さんが山菜を料理してくれたそうです。
蕨たたき、という、茹でた蕨を包丁でたたいて、味噌と山椒を入れたものがよく出たそうで、それは血がきれいになりそうだなあと思いましたが、当時は自分の家が貧乏だと思って恥ずかしかったそうです。
蕨たたきはたべたことがないけれど、蕨を取ってきてアク抜きをすると、青々と茹で上がることは知っているので、ネバネバが出るほど叩いた蕨が炊きたてのごはんの上でヌメヌメと光っている光景が浮かんだ。
小学校、中学校、高校と進むにつれて、家から離れ、その距離を毎日自転車で往復して、
卓球部に入って、
学科の勉強はすきではなく、プラモデルとマンガに熱中し、遊佐駅がいちばん早く雑誌が手に入るから駅までマンガを買いに行き、
という少年時代のお話は、あるあるあるでした。
遊佐は知人の実家があるところなので、あー、あのあたりかなとイメージがしやすかった。
高校は工業高校の機械科に進み、ここでは一般教科は苦手だったけれど、専門科目がすきで得意になり、2年で国家試験に通ってしまう。
専門教科の先生は職人気質のところがあり、その教え方も鳥海さんにはあっていたようだった。
機械製図を鉛筆で描くことがすきで、将来車の設計かF1の整備士になりたいと思う鳥海修さんだった。
私も機械製図を習って、ドラフターで製図を描く練習をしていたことがあるので、一点鎖線とか中心線とか、聴いていて、わかるー!線を引くのって楽しいよねー!と熱く共感していました。弟が機械科で内燃機関のテキストも本棚にあったしね。思いがけないところで、あ、わかるそれ!ってあるものです。
さて、そんな鳥海さんの高校時代、クルマの雑誌にラフデザインが載っていて、見ればデザイナーは武蔵美出身だ。
よし!武蔵美に入ろう!
入りたいと思っているんだから入れるだろう!
と武蔵美受験を決めた鳥海さんでしたが、武蔵美は実技の前に一般科目の1次試験があり、一般科目の苦手な鳥海さんは敢え無く失敗。
2年目は上京して予備校に入り、入試にはデッサンが出るので、デッサンをやるんだが、
ここがスゴイ話で、鳥海さんは予備校の先生がこのひとの絵は上手いと褒めたひとの隣に席を取り、
線のひき始めからすべて真似て描き、このひとの絵も上手いと言わせてしまう。これで試験がなんとかなりそうだと自信をつけた鳥海さんだった。
今回は実技で勝負の多摩美を受験する。
が、試験ではここだけは避けたいと思った、午後から西陽がガンガンあたるポジションにくじ引きで当たってしまう。
第一志望はプロダクツデザインだった(クルマのデザイナー志望だから)が西陽で落ちて、第二志望のグラフィックに入ることに…。
さすがにこれ以上の浪人は許されず、最初はグラフィック科に興味もなかった鳥海さんだった。
専攻科の授業が進む3年生のある日、「文字デザイン」の授業で恩師の先生に出会う。
恩師の先生はTBSの番組のタイトルの、
「8時だヨ!全員集合」「渡る世間は鬼ばかり」などを手がけられた篠原榮太先生。篠原先生から文字のデザインを学ぶ。
先生に連れられて毎日新聞社を見学に行ったときに、文字のレタリングをしているひとがいて、その美しさに打たれる。二人目の恩師である、小塚昌彦さん。
「日本人にとって文字は水であり、米である」という言葉は、小塚さんの言葉であり、
この言葉を聞いたときに浮かんだのが鳥海山とその裾に広がる田園風景だったという。
美大受験の時も、超楽天的だった鳥海さんだったが、文字デザインの仕事をしたい、写研に入ろう、
と決めた時も超楽天的だった。
こんなに入りたいんだから入れるだろう。
入社試験に落ちたら、タダでいいですと言って入ろう、と考えていたそうです。ポジティブ!山形っぽい!
おなじ東北ではあるが、なんとなく山形の人は考え方がポジティブな気がする。まわりの岩手県産の友人にアンケートを取ったらかなりの確率で、山形県民は陽性だというと思う。
あるいは鳥海さんが特にポジティブなのかもしれないけれど、入りたいと思っている自分は入れるはずだという発想がすでに才能だな~と感じる。
すきなことがあったら、まっすぐに走っていけばいい、という強さに打たれる。
天も味方したらしく写研に入社。
しかし、新人研修でいきなりつまづく。
サンプルを貰って、それを見ながら違う文字をサンプルとおなじ書体になるように書いて提出するんだが、
いくら書き直してもダメだと言われる。
写研にはその頃大卒は少なく、高卒で入ったひとが多かったが、高卒のひとにアドバイスを求めると消しゴムでサッと消して、鉛筆で線をサッと描く。
それを見て、仕事を覚えるのにプライドは要らない、プライドは捨てようと決心する。
このエピソードも仕事とはなにか、を考えさせるいいお話だな~と思って聴いていた。
ここで、
鳥海さんが息子に向かって、いいねえ、こんな若いひとが聴いてくれるのは、と声をかけてくれて、小学生? 中学です、というやりとりがあった。
どう、話についてきている?
はい。
息子は3、4年生までは、ハキハキした子どもだったが、成長につれて人前ではあまり話さなくなってしまった。だから声が小さく、単語だけボツボツ話す感じ。
それからも時々、ついてきている?とかわかる?と声をかけてもらっていた。
受付でもらった資料。
写植とはなにか、フォントとはなにか、という説明の中で、総数一覧を広げる。
23000字ある、という鳥海さんの言葉に、息子が、実際使うのはどのくらいですか?という質問をする。小さな声をよく拾って答えてくれたなあと思うんだけど、
いい質問だね、使うのは2割で8割は保険のようなものです、ということだった。
なぜ使わない字がそんなに多いか。
会場にワタナベさんいますか?と手を挙げてもらって、その字をホワイトボードに書く。
書体設計士だけあって、そういうときの字もデザインされているように見える。
ワタナベさんの「邊」はシンニュウが点が2つか1つか、ウ冠かワ冠か、「自」か「白」か、
バリエーションが多く24種のワタナベさんがあるという。それは昔戸籍の名前が手書きで、小さな差異もちがう名前として認められていたからで、それが文字が増えた理由だそうです。
フォントのデジタル化も、初めは専門業者に任せていたけれど、スキャナで読み込むと明朝体に差異が出てしまい、自分たちでデジタル化するようになった。
で、いまは鉛筆で下書きしたものをデジタル化するそうです。
目指すのはひとの匂いを感じさせない書体。
書家・石川九楊の「読みやすく書きやすい書でなければならない」という言葉も念頭にあり、
日本人にとって読みやすい書体は、縦書きでhs明朝体だと。
「漢字」と「かな」「アルファベット」の全く異なる系統を「明朝体」でデザインすることとはどういうことなのか。
この辺り、高校時代新聞部で、1年生の頃はレタリングの練習をしていたことを思い出しました。漢字の明朝体は形が取りやすいけれど、ひらがなは難しかったなあとか。
ゴシックならすべておなじ太さだからわかりやすいけれど、
「漢字」の縦は太く横は細い、というものを「かな」ではどう表現するか、というお話のあと、
実際に文字をデザインするところを見せてもらうことに。
ステージが下がり、お客様に囲まれて
「こ」を描く鳥海さん。
息子がなんていう「かな」がいい?と聞かれて、
「こ」
と答えたんです。最初は「ご」だったんですが、濁点はない方が、ということで「こ」になった。
いま、おなじ部屋にいる息子に、なんで「ご」?と聞いたけれど、特に意味はなかったらしい。
どんな「こ」がいい?と聞かれ、
ハネがない「こ」がいい、ハネたり、つながっていたりしない「こ」にしてください、
といきなりよく話す息子だった。
なんでハネるのがいやなのか。
それは学校で散々、ハネないとダメだと言われて、失点したりしているからだそうです。
その後、息子がどういう個性をもっているかを聞く鳥海さんだった。
好きなものは?
肉。
好きなスポーツは?
動くの嫌い。
じゃあ本を読むのはすきか?
本はすき。家では本を読んで飽きたらパソコンやって飽きたらモノをつくって、また飽きたら本を読む。
何を作る?
プラモデル、ガンダムとか。
おーいいね、色は塗る?
塗らない。塗るのは面倒。仕事、って感じになっちゃうから。
面倒だと思わないで、色をつけるのもやってみようよ。
はい。
…だいたいこんなやりとりがあったんですが、それを元に文字のデザインを決めて、
小さな硯に墨を磨って、細い細い筆で輪郭を決めて、塗っていく。墨は膠が入っているからいいのだそうです。
手作業を見ているのはほんとうにおもしろい。
「こ」は肉がすき、という言葉を表して、おなじ肉でも赤身の硬い肉じゃなくて、ジューシーな肉をイメージして、ちょっと生意気な感じ、可愛い感じも出したそう。
そしてまさか、思ってもいなかった「こ」を貰えることになり、
近くにいた女性がせっかくだからサインしてもらった方がいい、と勧めてくれたので、サインをもらいに行った息子だった。
…その「こ」が冒頭の画像であります。
額を買って収めるまで緊張がつづくと思われます。
ドキドキ♡
息子は中1だけれど、自分の将来について5年生くらいから悲観的なことしか考えられないみたいで、
(親の私が絶望的観測を楽しむせいでしょうか)
なにかになりたい、なにをやりたい、
と将来について夢を語ることがないです。
短期的な夢や希望はあり、ガンプラを買ってほしいとか、四万十川の近くにある海洋堂さんのギャラリーに行きたいとか、ステーキ肉を買って焼きたいとか、キラキラ輝く目で話す。
しかし将来については、勉強が苦手という劣等感もあり、人並みになれないだろうと悲観の極み。
まわりが美術の才能がある、と励ましても、画力がないからマンガ家になれない、と戦う前から諦めている。
そんな息子にとって、鳥海さんのお話と、
息子のためにデザインされた「こ」は励みになったと思う。
ありがとうございました。








