監督ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ
脚本プラスーン・ジョーシ
撮影ビノード・プラダーン
音楽シャンカル=イフサーン=ロイ
キャスト
ファルハーン・アクタル ミルカ・シン
ソナム・カプール ビーロー
ディビヤ・ダッタイシュリ
アート・マリックミルカの父
ジャプテージ・シン ミルカ(少年時代)
ファルハーン・アクタル ミルカ・シン
ソナム・カプール ビーロー
ディビヤ・ダッタイシュリ
アート・マリックミルカの父
ジャプテージ・シン ミルカ(少年時代)
ディビヤ・ダッタ イシュリ
アート・マリック ミルカの父
ジャプテージ・シン ミルカ(少年時代)
アート・マリック ミルカの父
ジャプテージ・シン ミルカ(少年時代)
1960年ローマ・オリンピック。400メートル走のインド代表選手ミルカは、ゴール直前で後ろを振りかえるという前代未聞のミスを犯して4位となり、メダルを期待していた国民からバッシングを受ける。帰国後、ミルカはパキスタンで開催されるスポーツ大会のインド団長に指名されるが、断固として拒否したため、首相の命令で首相秘書とミルカのコーチが説得しに行くことに。ミルカが暮らす町へと向かう電車の中で、コーチは首相秘書にミルカがパキスタンへ行きたがらない理由を話しはじめる。
映画評を見て行くか行かないかを決めたのですが(2時間33分は長すぎるので)、
時間軸が一方へ進むのではなく、カットバックで少年時代にもどったり、軍隊にはいった青年時代になったり、現在になったりでわかりにくかった、という感想がありました。
それは物語が、現在のミルカ・シンに至るまでをコーチが語る、という入れ子状になっているからでした。
コーチが直接見知っているのは、軍隊で出会った時の二十歳くらいの若い、まだ何者でもない時代のミルカから、生来の素質に加えて自ら猛特訓を志願してついにインド中の希望の星となった現在までです。
ミルカの子ども時代にあったパキスタン分離独立の悲劇については、のちにミルカ自身が過去を振り返る場面で描かれます。
両親を虐殺され、寄る辺ない身の上になったミルカでしたが、
悪童(ちびっこギャングか?)仲間に引き入れられ、
犯罪すれすれのことをしながらも、また笑顔を取り戻し、
しかし世間的には「ゴロツキ」と言われる青年に成長します。
子どものころ、学校にかよって英語を覚え、この子は賢い子だ、と
頭をなでられていたミルカでしたが、その光景の中にいた村の大人たちも家族も、
村の長老ですら、虐殺されてしまったのです。
しかし、かれは物凄い美女と出会ってしまい、恋に落ちてしまう。
軍隊に入って、いっぱしの男になって、そうしたら君を迎えに来るから、
というつもりで軍隊に入るミルカ。その前に仲間たちとやらかした無線乗車で刑務所に
入れられた時にはミルカのことを誰よりも心配しているお姉さんがやってくるんです。
お姉さんのためにも、ビーロー(というのがミルカがぞっこんの美少女の名前)のためにも、
軍隊できっと名を上げる!
と思って軍隊に入った最初はまだ不良の面影があります。
10位以内に入れば牛乳を飲める、というレースが軍隊で行われ、ミルカはかろうじて10位に入り、
念願の牛乳を手にします。ミルカは子どものころからずっと牛乳がすきなのです。
この最初のレースでは途中横っ腹が痛くなって、森でねっころがってまた走ってゴール、
という、のちの才能を感じさせるところはまるでなかったミルカですが、
コーチはミルカの才能を見抜いていました。
裸足で暮らしていたミルカにシューズを履かせ(最初釘が刺してあるようだ、と苦痛を隠せないミルカでした)、トレーニングするうちにみるみる頭角をあらわし、ついに代表選手選考会前日。
スポーツマンの風上にも置けないチームメイトが数人、ミルカを襲い、その足や脛に釘のついた棒(だったと思う)を打ち付けたのです。
包帯を巻いた痛ましい姿で、それでもグラウンドに現れたミルカは、止められても走る、と強い決意をにじませてスタート。
怪我をしていたのに、1位になって代表を勝ち取ったのはミルカでした。しかもインド記録更新で。
えー、これ実話をもとにしているんだよね?
演出で襲撃されたのにもかかわらず走って記録更新、なんてできないよね?
とこのミルカの超人ぶりにあんぐりです。
と、同時にミルカの走る体の美しさ、それをとらえる映像のすばらしさに見とれていました。
しかし、1回目の海外ではミルカはぱっとしない戦果に終わってしまいました。
可愛い女のことのデートにうつつを抜かして練習に遅れてきたりしたのですから…。それまでなにがあっても練習に遅れたことのないミルカが。
しかしここからがミルカ伝説のスタートでした。
帰りの飛行機の中で、コーチに400mの世界記録を書いてくれ、と頼み、
そのメモに奮起を誓うミルカ。
壮絶なトレーニングがはじまります。
ファルハーン・アクタルのこの肉体は実在したミルカ・シンへの畏敬の念と映画への真摯な思いがつくりあげたものでしょう。
体脂肪率5%まで落とした筋肉のうつくしさが際立つ体は、さらに上半身裸になる場面では
3日前から塩分を制限して、対内の水分を抜いてさらにうつくしく見えるようにしたということです。
ただの鍛え抜かれた体ではなく、聖性さえたちのぼるようです。
ちなみにこれはコーチの猛特訓を受けているところで、足首におもりをつけて縄跳びをしています。
オモイコンダーラではなく、タイヤを引きずって砂地をランニングするミルカ。
しかし、ストイックな場面だけではなく、不良少年時代、貨物列車の背にしがみついて仲間たちと
悪さをするときの音楽とミルカの生き生きした表情(子役のジャプテージ・シンもすばらしかったです)、
不良時代、きれいな女の子に夢中になり、水汲みの甕をもつ行列に入りこむところや、
初遠征先で可愛い彼女とダンスを踊りまくるところとか、愛嬌があって、チャーミングでした。
あんまりそこが長いとミルカのストイックさや悲劇が台無しになるので、そんなに多い分量ではないです。
ミルカはお姉さんとのきずながつよく、オリンピック代表として海外遠征に行くときにはじめてブレザーの採寸をしたのですが、そのブレザーをお姉さんに見せにいって、
お姉さんにブレザーを着てみるようにいいます。そしてそのポケットに手をつっこむポーズを取らせると、
そのポケットには金のイヤリングが入っていました。お姉さんがミルカが青年時代、刑務所にはいったときに保釈金として売り払った、あの金のイヤリングでした。
剽軽でユーモアがあって、上から抑えつけるようなものには断固として反抗する。
子どもに好かれるタイプの大人だと思いました。
(私は子どもと動物から恐れられるタイプの大人なのでよくわかるのだ)
ミルカが多くの困難に遭いながらも、支えるひとたちに出会い、
最後に栄冠を掴んだラストシーンは清々しいのひとことです。
実際のミルカは諸説あるそうですが、1935年生まれで、ご健在であり、インドとスポーツのために貢献し、孫もいるそうです。
スポーツ映画でもあり、歴史映画でもあった「ミルカ」。
時間は長いですが、おススメです。




